short2

□初恋を始めましょう
1ページ/3ページ

*高校生通り越して大人です







玄関先を箒で掃いていてふと昔の事を思い出した
ひたすら黒鳥のことを追いかけてばかりいたあの頃の俺はあらゆる意味で幼かった
好きな気持ちだけで突っ走って終いには暴走して
それでもいつかは通じると夢ばかり見ていた



「何悩んでるのよ?」



そう声をかけられて掃除の手がいつの間にか止まっていたことに気付く
いけないいけない
この時期は油断したら境内が落ち葉だらけになってしまうからちゃんと掃除しないとな


止まっていた箒を再び動かしながら俺は幼なじみに声をかける



「来てたのか美珠亜」



「ダメだったかしら?」



そんなことはないけれど、今美珠亜の顔を見たら余計にあの頃のことを思い出しそうだ


あの頃の行動を後悔はしていない
だけどあまり思い出したくない記憶なのも確かだ



「ねぇやっぱり今も辛いの?」



美珠亜の言葉でせっかく動いていた箒を持つ手がぴたりと止まる
かき集められた落ち葉が風に乗ってまた広がっていく
ああこれじゃあまた一から掃除やり直しだ



「聞いてるの?」



「………聞いてるよ」



今でも辛いかって?
そんなの答えは決まってるよ

俺は今でも黒鳥が好きなんだ
初めて黒鳥に出会って、黒鳥を好きになってから今までずっと黒鳥以外考えられないんだ
辛くないわけないだろう?


だけど―――


「……俺には何もできないよ」



「そんなのっ、分からないじゃない!?」



「どっちかと言うと俺には美珠亜の方が分からないよ」



俺のこと好きなんだろ、とは流石に言えなかった
勘違いや自惚れではなく美珠亜は間違いなく俺のことが好きだ
告白だって何回もされたし、つい最近の告白なんてほんの一週間前のことだ


だからこそ本当に分からない
美珠亜は何を思って俺にそんなことを言っているんだろう



「東海寺くん私はね
東海寺くんには幸せになってもらいたいの」



幸せ?


俺の幸せは黒鳥にそばにいてもらうことで、黒鳥さえいれば何もいらない


その黒鳥がどこにもいないのに、俺は幸せになんてなれないよ



――あの日、黒鳥が俺たちの前から姿を消した日から俺の心は止まっているんだ



「………知ってるくせに」



あの頃黒鳥を睨んでいた目で俺を見つめる美珠亜の表情はひどく悲しげなもので
彼女の真っ黒な長い髪が風に靡いた



「黒鳥さんが今この街にいるの知ってるんでしょ」



「……知ってたらどうするの」



「何で会わないの?
東海寺くんは黒鳥さんが好きなんでしょ」



「会わないんじゃないよ、会いにいけないんだ」



黒鳥がいなくなる前の日
いつものように黒鳥に迫……もとい俺の気持ちを伝えていたら
黒鳥は俺に微笑みながら言ったんだ


“ありがとうございます、東海寺くん”


幼かった俺にはどういう意味なのか分からなかったけれど
今思えば黒鳥なりの別れの挨拶だったのだと思う
あの日最後に見た黒鳥の悲しげな顔がいつまでも記憶から消えてくれない



あの日どうして気付かなかったのかなんて考えてみても意味はないけれど
いつまでも小さな棘が心に刺さったままなのは確かだ


こんな俺じゃあ黒鳥に会えない
会えないなら黒鳥がいないのと同じだ




「……黒鳥さんには東海寺くんに会いたいかもしれないのに」



「美珠亜、お前ホントに何言ってるんだよ」



「私にも分からないわ
だけどあまりにも目に余るもの」



俺に黒鳥に会えと言いながら涙を流す美珠亜を好きになれれば話が早かったのにな
あれから何年も経って俺も大人になってこの東海寺にも少しずつ信者さんが戻ってきて
それでも俺はバカみたいに一途に変わらない気持ちを抱き続けてる



「美珠亜、ゴメン俺今から……」


「謝らないでよ、私が惨めじゃない」



だから早く行ってよと美珠亜は俺を急かす
これ以上何か言うと本当に怒られそうだから俺は何も言わずに境内から飛び出た




.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ