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□ただただそれだけ
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彼女と目と目があった、気がした
いつもの俺なら大いに食いついて黒鳥に迫るんだろうけど
昨日のことが頭をチラついてどうしてもできる気がしない
逸らした視界の隅に映る黒鳥の顔は驚きの表情で少しだけ嬉しくなったのは秘密だ
こちらに気付いて近寄ってくる東海寺に突っかかることもせず自分の席に伏せる
周りが何だかどよめいている気がするけど気にしないでおこう
「麻倉くん、大丈夫ですか?」
優しいな黒鳥は
鬱陶しく思ってるハズの俺にでさえ変わらないその優しさが
昨日俺が見てしまったことを知ってどう変わるのかが怖かった
「何でもない」
何でもあるのは丸わかりだっただろうけど黒鳥はそれ以上追求しなかった
それがありがたいような、所詮俺なんてその程度でしかないんだと言われているようなで複雑な気分になる
東海寺からの鋭い視線にもクラス中からの好奇の視線にも気付かないふりをして俺はただただ机に伏せているしかなかった
「麻倉くんってば本当にどうしたの?
何かあったんじゃないの」
ちょっと油断した間に俺と黒鳥は放課後の教室に二人きり
クラスメイトもよくあの東海寺を説得したものだと現実から逃げるように考える
昨日見たことを言うべきか言わないべきか
全てはそこにかかっていると分かっているから俺は直ぐには動けない
「………もしかして、昨日のことですか?」
一瞬心臓止まるかと思った
今まさにその事について考えていたのだから当然といえば当然だろうけど
黒鳥からその話題にふれるなんて思ってもみなかったから
ていうか俺が見ていたのに気付いていたのか
なんて俺が混乱している間にも彼女は続ける
「見てたんですよね」
「……あぁ」
少し迷ってちゃんと答えることにしたのはそうしないと彼女が余計に遠くなる気がしたから
彼女が離れていくようなそんな気がした
「怖いとか、思わないんですか?」
「それは全然ない」
それだけは自信を持って言い切れる
黒鳥が宙に浮く姿を見て感じた感情は紛れもなく黒鳥に嫌われることを恐れる感情で
黒鳥に対する嫌悪だとか恐怖なんて全く感じなかった
というかそんなものを感じるのが普通の感覚なのかも分からない
「ただ黒鳥に嫌われてるのかなって怖くなっただけだ」
声に出して告げると黒鳥の表情が揺らいだように見えたのは惚れた欲目なのか
それとも現実に起こっていることなのだろうか?
「麻倉くん、信じてないんじゃないの?」
「そんなの関係ない
黒鳥がそう言うならそうだし違うって言うなら違うんだろ」
まあ東海寺が見たんならやっぱりそうだったのかと余計迫ってたんだと思うから俺にも多少はそういう気持ちもあるんだと思うけど
それでも俺にとっては黒鳥が一番だから
「………あたしは結構悩んだんですけどね、」
黒鳥が悩む事なんてないハズなのにとその言葉が妙に引っかかる
静かな空間に教室の時計の音だけがしばらくなり響く
次に口を開いたのは黒鳥だった
「嫌われるかもって怖くなったって言ったら笑いますか?」
その瞬間脳の働きが全ストップしたようなそんな感覚になった
黒鳥の言葉を正直に受け取るとそれはつまり俺と同じように考えていたということで
それは俺の抱いている感情を同じように黒鳥も持ってくれてると解釈できるのだけど、
「………なんとか言って下さいよ」
そう言われてもそんなにすんなり言葉が出て来るなら苦労しない
今の気持ちを何と表現したらいいのか分からないんだ
「……ゆめじゃないよな」
やっとのことで口にしたそんな言葉をきいて黒鳥は笑ってくれたから
俺は多分世界で今一番幸せな男だと思う
君が遠くなるのが怖かった
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