番外編話し集A
□マタニティブルーの涙
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「アナベルー!!アナベル、僕の天使ちゃん、帰って来たの!?どこにいるんだい、僕の天使ー!!」
「「…………。」」
2人がゆっくりソファに座り込んだ途端、休む間もなく突如、家に響き渡るこの大声。
くすっとアナベルが吹き出し、リリーはこめかみに青筋を浮かべた。
アナベルのよくできた夫に引換え、うちのこの馬鹿夫ときたら!
「うるっさいわよ、ジェームズ!大声出すんじゃありません!
大体、どこにいるんだって、オーブンの中にいるわけないんだから居間に決まってんでしょうが!」
そうダメ夫を叱りつけるリリーも大声なのはご愛敬である。
愛娘めがけて居間に駆け込んできたジェームズ・ポッターは
妻のラリアットを見事に食らって、入ってきて一瞬で後ろ向きに退場していった。
がっしゃーん!とこれまた激しい音が響き渡る。
「Σ父さーん!;」
キッチンでアナベルの兄、ハリーの悲鳴が聞こえるところを見るに、
そのまま後ろに引き飛んだジェームズは、キッチンのゴミ箱にでも突っ込んだらしい。
相変わらず、この家は賑やかだわぁとアナベルはニコニコ微笑んだ。
「あっ、ベル!体はどう?」
「お兄ちゃん!平気よ、順調、順調。」
父親を救出しながらも、ひょいと居間に顔をのぞかせた兄に、
アナベルはひらひらと手を振って見せた。
昔から、この父親と兄が過保護なのには慣れっこなアナベルであった。
そんな慣れっこのアナベルと違い、リリーは憤懣やるかたない顔をしている。
「まったく、うちの男どもは、本っ当にダメね!」
「そ、そんな、リリー…。」
「男どもって、僕も入ってるの!?」
心外…という顔のハリーとゴミ箱から帰還した(頭にリンゴの芯を引っかけている)ジェームズが
ようやく居間へ入ってきて、当然のようにアナベルの両脇に座った。
ハリーは興味半分、恐ろしさ半分と言った顔で、アナベルの大きなおなかを眺めている。
「こんなお腹抱えて生活してんだもん、心配だよ。ねえ、父さん。」
「そうとも!僕の天使に何かあったら、どうするんだい、リリー!」
「あら。じゃあ、何かあったら困るから、
アナベルは外出を控えて、予定日まで帰ってこない方がいいかもね。」
けろりとした顔でリリーが頷けば、
週に1度、アナベルの顔を見るのを生きがいにしているジェームズが泣き崩れたので、
アナベルが慣れたように、また来るからパパと笑顔で慰めた。
なんだか、労わられるべきアナベルの方が家族を気遣っているのだが、これ逆じゃなかろうか。
なるほど、こんなだからリリーにダメ出しされるわけだ…とハリーは少し学んだ。
「ハリーも、この機会に妊婦さんの扱いをちゃんと学んでおくのよ!
本当、色々大変なんだから、旦那のフォローがくそだと2重苦、3重苦なんですからね。」
「ちょ、リリー、フォローがくそって僕のこと!?僕、当時頑張ってなかった?」
そう情けない声を出すジェームズに、
リリーは何を思い出したのか、はぁ…とそれはもう深い深いため息をついた。
なんというか、色々実感の籠ったそのため息に、
アナベルとハリーは顔を見合わせて、引きつった笑みを浮かべるしかない。
我らが父、ジェームズ・ポッターは直情型というか、エネルギーを惜しまない熱意はあるのだが、
少々空回り気味で、果ては暴走することもある。
母も色々と大変だったのだろうと、子供たちは正しく察した。