クリスタルを巡る話

□1話
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「リンネ、泣いてはいけないよ」


記憶の中にいる父は、いつも悲しそうな顔をしている。


「ほら、リンネ。笑顔で父さんを見送ってあげましょう?」

反対に、記憶の中の母はいつも笑っていた。どこか寂しそうなその笑顔を見ていると余計に悲しくなって、記憶の中の幼い私はいつだって泣いている。


「またすぐ帰ってくる。父さんが帰ってきたら、また一緒に公園へ遊びにいこうな。学校へ行く準備も始めないといけないし」


私の父は、朱雀軍の部隊長だった。私が生まれた頃にはすでに白虎軍との戦争が激化してきており、父は頻繁に戦争へ招集されていた。

私はあと少しで学校へ通い始める年になっていたため大声を出して泣き叫ぶようなことはしなかったが、それでも父親と離れることの寂しさには耐えられず、父にしがみついてその軍服を涙でぐしょぐしょにするのが恒例行事だった。

「そうよ。三ヶ月なんてあっという間。この前もそうだったでしょう?」

本来であれば、戦争が終わるまで父親と会うことすらできなかっただろう。しかし、母は私のためにあえて朱雀軍の駐屯地…つまり、戦地に最も近い町へ移り住み、少しでも家族で暮らせる時間を多くしようとしてくれた。

そもそも母親も私を生む前は軍の人間であり、たいそう恐れられていた人物だったらしい。私のために軍はきっぱりと辞めた母だったが、時々軍へ戻ってきてくれないかと母に会いにくる大人がいた事を覚えている。



このように、私はとても両親に愛された子供だった。


しかし、この頃の私はそれがどんなに恵まれたことかも知らずに、ただただ、自分を置いて言ってしまう父親に向かって駄々をこね続けていた。


「やだよ、父さん。行かないで」


私がそう言うと、いつも父は悲しそうな顔をする。


「父さんはね、行かなきゃいけないんだよ。リンネと、母さんと、朱雀を守るためにね。」


「やだやだやだやだ!そんなのやだ!」


「リンネ。わがままいわないの」


「やだ!だって、ちーちゃんのパパはいなくなったりしないもん!みっちゃん家のパパもずっと家にいるもん!どうして父さんだけ行かなきゃいけないの?」


「それが父さんの役目だからだよ。リンネ、ほら。今、首につけているものを見てごらん」


父はそう言って、父のマントを首に巻いた私を抱き上げる。年のわりに小柄だった私にとって父のマントは大きく、私はマントで体を包み込まれるようにして父の腕に抱かれた。

「リンネは、候補生になって父さんと同じ1組に入るんだろう?1組に入るためには、心の強さだって必要なんだぞ」

この水色のマントは、いつだって父の誇りだった。

魔導院ペリシティリウム朱雀。

この国の首都であり、選ばれた者しか中に入ることは許されない場所。世界を救う救世主を目指す、「アギト候補生」を育成する機関である。

その魔導院で、最も優秀なアギト候補生だけが身につけられるのがこの水色のマントだった。


「父さんは、候補生になった時…朱雀クリスタルに、自分の心臓を捧げることを誓ったんだ。とうさんは、クリスタルからたくさんのものをもらった。母さんと出会えたのも、リンネと家族になれたのも、そして、家族を守ることのできる力を手に入れることができたのも、朱雀クリスタルのおかげだ。だから、父さんはこの力を使わなきゃいけない。力を使って、みんなを守らなきゃいけない。」

父さんは、その大切なマントで私の涙と鼻水を拭う。

「リンネ、お前だって本当は強い子だ。…俺の子なんだから」

「そして、私の子だからね」

すかさず、後ろから母さんも抱きついてくる。

「あなたは特別な子よ、リンネ」

母がそう言って私の首に水色のマントをもう一枚巻いた。父と同じく、母の誇りだ。

「泣かないで。笑うのよ、リンネ。強い父さんを、信じてあげて。リンネの笑顔が、父さんの力になるんだから」

母の言葉に、私は涙で顔をぐちょぐちょにしながらゆっくりと笑顔を作ろうとする。そうすることで父も母も笑ってくれることを知っているが、同時に私が笑えば父が出発してしまうことも知っていた。

父にも、母にも笑って欲しい。

だけど、去っていく父の背中は見たくない。
寂しそうに笑う母は見たくない。


(リンネも、一緒にいけたらいいのに)


自分に力があれば、父と別れずに一緒に戦えるのに。母も、軍を辞めずに父のそばにいれただろうに。

強さが欲しい。

父のような、母のような強さが。


この、水色のマントを手に入れることができるような強さが。


「とうさん…リンネが、いっしょにたたかえるようになるまで、まってて」


突然の私の告白に、両親はとても驚いた顔をした。


「このマントをつけてたたかうの。このマントをつけれるくらいつよくなったら…とうさんとも、かあさんとも、いっしょにいられるでしょう?とうさんと、かあさんを、まもれるでしょう?」

幼心に、私はこの戦争が終わらないことをわかっていた。

むしろ、戦争がない時代を知らない私にとって、戦争が終わることを願うのではなく、両親と共に戦場に立つことを願うことはとても自然なことだった。


「…そうだな、リンネ。お前ならなれるさ」

だけど、そう言って私の頭をなでた父は、嬉しそうだけど切なそうな顔をしていた。


「それなら、まずこの泣き虫を卒業しないとね」


母は、そう言いながら父から私を受け取った。

母の腕の中から彼女の顔を見上げると、母はいつもと同じ…悲しみを押し殺した、強い笑顔で私を見ていた。


「さぁ、リンネ。クラス・ファーストに入るんでしょ?」


母のその言葉に、首にかけられた2枚のマントに励まされ、私は強い笑顔を作った。


その笑顔を見た父は、もう一度母といっしょに私を抱きしめ、にっこりと力強く笑ってから私たちに背を向けた。


「…いってきます、二人共」


「「いってらっしゃい、父さん」」
















これが、父の背中を見た最後だった。
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