クリスタルを巡る話
□2話
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どこからか聞こえてきた不思議な音に、思わず足を止めた。
「…リンネ?」
前を歩くアニに不思議そうな顔をされ、私はあわてて彼女の隣まで小走りで近づいた。
「ごめん、アニ」
「どうかした?」
「ううん…なんか、不思議な音を聞いたような気がして」
私の言葉に、アニは綺麗な目を閉じて耳を澄ます。
「…たしかに、なにか聞こえるね」
「でしょ?なんだろう…笛の音、みたいだけど」
「わからない。けれど、そこまで気にすることじゃないよ。それより、さっさと行くよ。訓練するんでしょ?」
アニはそう言うと、目的である闘技場の方向へまた歩きだす。
「…うん」
訓練生第104期卒業生の中で、1組に配属されたのは私とアニだけだ。もともとアニとは演習等で一緒に行動することが多かったため、彼女と同じ組になれたのはとても嬉しい。
(だけど、本当はわたしじゃなくてミカサが1組になるはずだったんだろうけど.....)
訓練生を卒業した直後に1組に配属されることは、極めて異例なことだ。
最も優秀な候補生しかつけることを許されない、水色のマント。それはつまり、この朱雀という国で最も優秀な者であるという証でもある。
そのため、1組の候補生のほとんどは訓練生から卒業した後に他の2〜12組で修行や任務経験を積み、それから1組へ昇格した者たちばかりだ。故に、平均年齢も18〜9歳と高めである。
アニは今年16歳だ。それに、彼女は104期卒業生の中でbSの実力を持つ。ただ、これはあくまで総合的な成績の話であり、本来の彼女の戦闘力は今期トップのミカサと同等だと誰もが知っている。彼女にさぼり癖さえなければ、ミカサとトップ争いをしていたはずだ。
今期トップであるミカサは歴代逸材の秀才だと訓練生の頃からものすごい評判だった。座学、魔力、任務、全てにおいてトップクラス。その成績だけなら、伝説の候補生“四天王”に並ぶとまで言われており、彼女の1組入りは確実だと思われていた。
しかし、ミカサは自ら従軍を希望し、軍属部隊である2組へ配属となった。
bQのライナー、bRのベルトルトも同様だ。
私の成績は一応今期bTであるが、防御魔法にしか特化していない私が卒業してすぐに1組に配属されるだなんて誰も思っていなかった。
先にも述べたように、1組は訓練生を卒業したばかりの新人が入れるような場所ではない。人数が必要なら他の組から昇格させれば良い話だし、1組の座を狙っている候補生は五万といる。
それなのに、私が1組に入れた理由は、おそらく一つしかない。
「見ろよ、あれ。噂の新卒だぜ」
「あぁ、15歳で1組へスピード出世したって奴か」
「へぇー、聞いてたよりも小さいのね。あんなに小さくて任務ができるの?」
「任務ができるかどうかは問題じゃないだろ。だってあいつは.....」
闘技場への道中、周囲の候補生達が、私をジロジロ見ては噂話をはじめだす。
本人達は小声で話しているつもりなのだろうが、残念ながら丸聞こえだ。
「ねぇ、あの三つ編みの子。軍令部長の姪って話、本当なんだってね!」
「マジで!?ぜんっぜん似てねぇ.....」
「あぁ、だから1組なのか。いいよなぁ、親戚の七光りがある奴は。俺たちみたいな苦労しなくったってエリートに入れんだぜ」
「羨ましい限りだな。まぁ、ほんとの実力がなけりゃあすぐに着いていけなくて挫折するだろうけどよ」
「それでもお優しい軍令部長がとりはからってくれんじゃねぇの?うちの子に厳しくすんなってさ」
「あのハゲ頭に凄まれたらそりゃ言うこと聞くしかねぇよなぁー」
「それでも、あの1組だろ?やっぱりそれなりに力がある奴にいてもらわないと、頑張ってる俺たちの立場ってもんがないよなぁ」
(.....気にしない、気にしない )
自分に言い聞かせるように、私は自分の手を強く握りしめる。
彼らが言うことは最もなこともある。
私だって、確かに1組に配属されることを夢見ていたが.....自分の今の力が、本当に1組に相応しいのかどうかは疑問だ。
両親が死に、孤児となった私に唯一残された肉親は、時の軍令部長だった。
叔父は白虎領ミリテス皇国との戦争の要であり、朱雀クリスタルを守る第一人者だ。当然ながら、朱雀に住んでいて叔父を知らない者はいないと言われるほどの有名人である。
故に、叔父の知名度が先にたち、私が何をしたかよりも、私が何者かで評価されていると感じる場面はよくあった。
今回の上位成績者になれたことだって、本当にすべてが自分の実力なのかどうかは疑わしい。
(だからといって、1組を辞退するつもりはないけど)
1組に入ることは、私を生かし続けてくれた夢だ。
たとえ虚偽の成績であろうとも、入れたことには変わりない。
それならば、虚偽を真実に変えれるよう努力すればいい。誰からも認められるような力を身に付ければいい。
それ以外に、道はない。
「よーっし!!」
私は自分に活をいれるために、大声をだして両手で頬をぱんぱんっと叩いた。
隣にいたアニが怪訝そうな顔で私を見る。
「.....何?急に。」
「ううん。ちょっと気合いいれただけ。アニ、訓練につきあってくれてほんとにありがとう。すごく助かる。」
私のその言葉に一瞬驚いた表情を見せたアニだったが、すぐに小さな笑顔を見せる。
「......あんたのその前向きすぎるとこ、いいと思うよ」
「え?わ.....わたし、前向き?むしろ、後ろ向きだと思ってたけど」
「あたしは自分に対して過大評価をする奴が嫌いだけど、あんたは逆に過小評価しすぎだ」
「い、いや.....力がないのは事実だし.....」
思いがけないアニからの称賛に私がモジモジしていると、彼女は呆れたようにため息をつく。
「…力がない、ねぇ」
「え?ごめん、聞こえなかった。なんて言ったの?」
「なにも」
「ちょ、ちょっと待ってよ!アニ!」
急に歩く速度を速めたアニの後を、私は走って追いかけた。