青嵐吹くときに君は微笑む

□渚と黄色いブーケ
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 秋晴れの空気はひんやりとしていて、どこかもの寂しい。でも真っ白な雲と空の青さが、僕の心の中に清々しい風を吹かせてくれる。
 玄関先ではまだ気持ち早かったかもしれないと思っていた手袋も、ゆっくりと並木道を歩く今はしっかりと役目を果たしてくれている。
 今日は零くんと一緒に映画に行く約束をしている。何かと理由をつけて零くんに会おうとする僕は、少し欲張りなのかもしれない。そう思うと自然と頬が緩んだ。

 その時、ざぁっとつむじ風が僕を覆った。反射的に目を腕でかばった僕の手のひらに、一枚の手紙が届いた。
 開いてみると秋を告げる黄色に目が焼かれた。
 そして何者かに誘われて顔を上げると黄金色の大樹がすきっと立っていた。
「銀杏の木か……」
 僕はまだ待ち合わせまでに時間があることを確認すると、彼がそびえ立つ公園へと足を踏み入れた。

 銀杏の木の下には、一面黄金色の絨毯が広がっている。適当な場所にしゃがみ込むと、僕は手袋をとって一枚一枚秋の手を拾い始めた。
 拾った葉を重ねていくと、ただのバラバラの葉が一つの美しい花へと姿を変えてゆくことを僕は知っている。ふと幼いころに父様と優しかった頃の母様と秋が来る度に作ったことを思い出した。

 一段落し、適当な輪ゴムで根元を留めると、誰かが泣いている声が聞こえた気がした。
 今まで夢中になっていて気づかなかっただけだったのだろう。割と近くのようだ。
 公園をぐるっと見渡すと、すすり泣く声の主は直ぐに見つかった。
 ブランコに腰掛けて涙を小さな掌でこすりこすりしていたのは、まだ小学校に入ったばかりくらい見える男の子だった。
 薄い色の髪は乱れ、肩には木の葉の欠片がひっついている。長袖のシャツ一枚にデニムの長ズボンという外に出るのは寒そうな格好だが、きちんとした身なりからして家出をしたか迷子かのどちらかだろうという見当がついた。

「どうしたの? 迷子ですか?」
 僕が声を掛けるとその男の子はびくっと身構えた後、僕を見てブンブンと横に頭を振った。
 男の子の座っているブランコの前にしゃがみ、僕は続けた。
「じゃあどうしたのかな? お兄さんに話してみませんか?」
 沈黙の間に、秋風が木の葉達を躍らせる音が聞こえた。そして男の子はポツリ、ポツリと話し始めた。

「シュウね、今日おたんじょうびなの。みんなはね、おめでとうって言ってくれるんだけど、シュウはイヤなの」
「シュウ君っていうんだね。どうして嫌なのかな?」
 シュウと名乗った男の子はまた溢れてきた涙をシャツの袖で拭うと、涙で震える声で続けた。
「だってね、おたんじょうびがくるとシュウが死んじゃう日が近づいちゃったのがわかるの。でもどうしてみんな『おめでとう』っていうの?」
 僕は驚かされた。こんな幼い子供が死を恐れて泣くなんて。心が痛んで、僕も哀しくなった。
 しかし僕は伝えなくてはならないことがあると分かっていた。

「シュウ君。誕生日はね、お祝いをする日なんですよ」
「えっ?」
「一年間元気でいられて、また一つ成長したことをお祝いする日です。それにお誕生日おめでとうにはまだ別の意味があるんですよ」
 僕は銀杏の葉で作った花をシュウの前に差し出した。
「生まれてきてくれてありがとう。僕と出会ってくれてありがとう、って感謝する日なんですよ」
 僕は精一杯の愛情をこめて笑ってみせた。確かに死は刻々と近づき恐ろしいけれども、僕たちは日々感謝し笑って生きていくのだから。
「おにいちゃん。おにいちゃんも生まれてきてくれてありがとう」
 シュウもいつの間にか笑っていた。
 それからバイバイと微笑みあって、シュウは住宅街へと駆けていった。

「渚先輩」
 僕の首に温かい物が掛けられた。多分これは彼のマフラー。
「零くん…ありがとう」
 彼のぬくもりが嬉しくて、僕は伝える事にしたんだ。

「零くん、生まれてきてくれてありがとう」
 そう言って片方の手袋を差し出した。
「渚先輩…こちらこそ、ありがとう」
 そして僕たちは手をつないで歩き始めた。僕たちにこの暖かい微笑みが消える事はないだろうと思いながら。


渚と黄色いブーケ  終

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