短編集

□ガラス玉
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「ねぇ、このラムネの中に入ってるガラス玉ってなんて言うか知ってる?」

そう言うと少年は汗の滴る細い喉をゴクリと動かして弾ける透明な液体を飲み込んだ。先ほどまでの熱気と湿気で首筋に張り付いた黒い髪が艶かしい。

ホテルの窓越しに涼しげな蝉の鳴き声が彼の音のバックグラウンドで鳴り続いている。今時は街灯の明るさで夜でも蝉が鳴くのだとニュースで聞いた。


「ビー玉、だろ?」


私は咥えていたタバコを安っぽい灰皿に押し付けて新しいタバコに火を点けた。

「残念」

少年はニヤリと笑って続けた。

「これはエー玉。完全、完璧な形のガラス玉」

「へぇ。じゃあエー玉とビー玉はアルファベットのAとBな訳だ」

「おじさん、意外と賢いね」

少年はガラス瓶をベッドサイドに置くと、私のタバコをほっそりとした指で挟みとり自ら咥えた。

「未成年がタバコとはね」

「未成年の男を金で買うおじさんにだけは言われたくないね」

一口だけ煙を吐き出すと、少年は私に少しだけ短くなったタバコを返した。

「おじさん、僕はね、エー玉なんだ。美しく生まれすぎてしまったんだよ」

「そうだね。君は美しくて可憐で綺麗だ」

「でもエー玉の僕はガラス瓶に閉じ込められて出られないんだ」

「それは悲しいかい?」

「悲しいと思ったことはない。時々虚しいとは思うけれど、僕はセックスが好きだ。こうして体を売ることしか知らないけれど他のことを知ったらきっともっと虚しくなる。僕はビー玉にはなれない」

少年のガラス玉のような瞳は深く深く闇に染まっていた。

ベッドのシーツに少年はくるまり、細い背中を向けた。

「本当は傷付いてビー玉になりたいのかも知れないな。タバコも、セックスも、自由になるための手段さ」

私は耐えられなくて背中を抱き締めようとした。

しかし私にはできない。私はただの客なのだから。

「それじゃそろそろ寝る。楽しかったよ、おじさん」

「昼まで寝るかい?」

「ううん、おじさんが起きるまでには帰るよ」

しばらくすると少年の規則的な寝息が聞こえてきた。

私は少年の飲みかけのラムネを一口飲む。

しゅわしゅわと弾ける透明な泡が胸のなかを切なくさせた。

生まれたときからビー玉の私にはどうすることも出来ないことだから。



ガラス玉 終

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