灰の色

□ぬいぐるみ
1ページ/1ページ



「会いたいんです」

いきなりの告白だった。
というか意味がわからなかった。


「誰にだよ?」
「先輩です」
「どの先輩にだ?」
「荒垣先輩です」
「はぁ?」

これは罰ゲームか何かか?
というか俺はこいつの目の前に居るわけで。




「待て、俺はいんだろーが、ここに」
「違いますって!荒垣先輩にです」
「だーかーらー」




堂々巡りだ。
(何言ってやがるんだか…からかわれてんのか?)

とにかく荒垣なんて奴はこの寮には俺しか居ないのだから。


「荒垣先輩、荒垣先輩に会いたいんです」
「…馬鹿にしてんのか?」
「してないですっ!」





やはり馬鹿にされてるとしか思えない。
だが、そんなめちゃくちゃを言う女の顔は至って真面目で。

「…まじなのか?」
「まじです」


よくわからないが本気みたいだ。
(混乱してきたぞ…)




「じゃあ、早く行きますよ」
「どこにだよ?」
「荒垣先輩に会いにです」



意味のわからない言葉を残して、彼女はスタスタと歩き出した。


(本当にこいつは何を考えていやがるんだよ…)


「お、おい!何処いくんだよ」
「荒垣先輩の所です」
「だから、荒垣は俺だろ」
「荒垣先輩じゃないです」
そんな奴この寮には居ないはずだが。
(本当に何なんだ…?)


彼女が向かっていたのは俺の部屋だった。


「お願いします」
「ちょっと待て、ここ俺の部屋じゃねぇかよ」
「そうですよ、あと荒垣先輩の」


本当になんなんだ。
馬鹿にしてんのか?
いや、これは確実に馬鹿にしてやがるだろ。


「馬鹿、中に入れるわけねーだろ。遊んでねーでさっさと自分の部屋に戻れ」


少しキツめに言わないとこの遊びは終わらないのだろうと。
(俺なんかにかまってねーで、他に行きやがれ、じゃねーと…)


ポケットに入れっぱなしになっていた、薬の袋を握りしめる。

(苦しむのはコイツだ)




「荒垣先輩に会ったら帰ります」




(なにまじな顔をしてやがるんだ…)


ため息をついてからドアのぶに手をかけた。つまり根負け。


「…部屋に入れば満足か?」


一言呟いてから部屋のドアを開けた。
もちろん〈荒垣先輩〉なんて奴は俺の部屋には俺しか居ない。

(たくっ…またこいつの遊びにつきあっちまったな…)


彼女は一直線に部屋に入るなり、机の椅子の前に座り込んだ。
(なんだ……?)


彼女の目線の先を見ると、そこには椅子に座る小さなテディベアが。
何故か俺と同じ帽子に服を着ている。



「そりゃなんだ?」
「荒垣先輩です」
「いつの間に…」
「この間、来た時です」


彼女は屈託のない笑みを此方にむけて、ぬいぐるみを差し出した。
(この間って…油断も隙もねぇな)


「この子、意地っ張りだけど、根はすごく優しくて人の痛みが分かる子なんです。先輩、大切にしてくださいね」





(こいつは……本当の馬鹿だな)

でも本当に優しい奴だ。
俺にはもったいないぐらいの。


「…椅子じゃ見えねェから…机の上に置いておいてくれ」
「はい!」



俺はまた、一つ未練が出来た。
こいつは本当に厄介な奴だ。



(可愛いクマのぬいぐるみでさえ、この世に繋がるための鎖になる)


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ