夜鴉翼のブック

□花言葉
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萩 内気・想い
百合 無垢・温和
藤 至福の時
皐月 節約・節制
菫 ささやかな幸せ
向日葵 あこがれ・敬慕
茉莉 素直・無邪気
桜 あなたに微笑む


三月七日
卒業式一週間前

萩の場合

「あの・・・」
場所は校舎の裏。二人の男女が向き合っている。少女の方は頬を赤く染めて、困ったように何かを言いかけたままうつ向いてしまった。肩までの黒い髪がサラリと揺れる。黒い瞳は恥ずかしそうに伏せられる。彼女は学年でもトップテンに入る、頭脳明晰で学園一内気でおとなしいと有名な佐藤萩である。
対する青年の方は、背は標準並、焦茶の髪は長くもなく短くもないくらいに切り揃えられ、なかなかに真面目そうな面立ちをしている。彼は大村弓絃(ゆづる)。誠実な人柄でそれなりに友人たちから好かれている。そんな彼も、困ったように萩を見下ろしている。萩は小柄な部類に入るので、頭が弓絃の肩にようやく届くくらいなのだ。
「佐藤さん?」
「あの、前から、その・・・」
声がだんだん小さくなっていく。それでも、萩は必死に言葉を紡いだ。
「卒業したら、会えなくなっちゃうし、悔いは残したくないし、そうじゃなくて、だから・・・」
黙って聞いていた。下手に声をかければ、彼女は言いたいことを言えなくなってしまうだろうと考えて。萩は内気すぎて、滅多に人に話しかけることはしない少女だった。そんな彼女が今懸命に話しているのだ。はたから見れば、その姿はいじらしい以外の何者でもないのだが。
「好き、なんです」
か細く、呟くように言われた言葉に、弓絃は軽い驚きを持った。なんとなく、この場所とこの雰囲気で告白されるかなとは思ったが、まさか本当に面と向かって言われるとは。けれど、彼女には悪いけど。
「ごめん、好きな子がいるから」
わかっていたのだろうか。肩が一回だけ震えて、萩は顔を上げた。涙を必死にこらえていた。それでも笑って萩は言った。
「ありがとうございます。それが聞けただけでも、私には十分です」
そしてくるりと身を返して走り去ってしまった。
「・・・」
その頬に涙がつたっていたのが、弓絃には一瞬だけ見えた。胸の奥がツキンと痛くなる。けれど、彼はその後ろ姿を見送るだけだった。
一方。走り去った萩は、真っ先に従姉の元へ向かった。学校内で自分から声をかけれる人の一人。
「萩!」
従姉は優しく萩を抱き締めた。
「ちゃんと言えたの?」
「うん」
「よかったじゃない」
「返事も、もらったわ。好きな人が、いるんだって」
「そう。悔しい?」
そう問いかけられて、萩はふるふると首を振った。
「悔いは、ないの」
「なら、平気ね?」
「うん」
萩はうなずいて従姉から離れる。そして今度は晴れ晴れと笑った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
従姉も笑顔を返し、二人はクスクスと笑っていた。
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