夜鴉翼のブック

□小さな約束 大きな守り
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それがおまえの願いなら
俺は一生をかけて守ってみせる

「あ、あ、悪魔!」
わずかな明かりに照らされた黒づくめの男を指差して、佳乃(かの)は叫んだ。男は困ったような顔をして佳乃に近寄る。
「ち、近寄らないで!」
佳乃は一緒に放り込まれた自分の鞄に手を突っ込み、あるものを引っ張り出して目の前に掲げたのだった。


事の起こりは数時間前のこと。全寮制の九十九学園から一人で家に帰る途中である。いつもは二人で帰る道のりを、今日は一人で帰っていたのが悪かった。
遠野佳乃には双子の片割れがいる。その片割れと学校で派手に喧嘩したために一人で帰るはめになったのだが、いかんせん、いくら平和なこのご時世でも裏でうごめく者はいる。
「お嬢さん、カトーヨーカドーの場所を教えてもらえませんか?」
たまたま歩道のない狭い道を歩いていた佳乃の隣に黒い車が止まり、中から人の良さそうな男が問いかけてきた。普通ならここで道順を教えて終りのはずだが、今回はそうもいかなかった。
「ちょっと遠そうだなぁ。あ、ここに地図あるから書いてもらえないかな?現在地もわからなくて」
カーナビがあるのに現在地が分からないとは何事かと、残念ながら佳乃は思わなかった。産まれてこのかた、車に乗った経験がない彼女にカーナビの存在を知るきっかけがない。
だから何の躊躇いもなく、男が車の中から出した市内地図を手に取り、渡されたボールペンで現在地と道順を書き込んでいく。その時だった。
突然車の後部座席から数人の男が飛び出してきて、佳乃の腕を掴み、車の中に引きずり込んだのである。
その間、約三十秒。
複数の男に一人の少女が勝てるわけがない。
かくして、車の中に引きずり込まれた佳乃は後ろ手を縛られ、目を隠され、ついでに猿ぐつわもかまされて、佳乃はどこかへと連れていかれることになったのである。これを世間では「誘拐」と呼ぶ。
試しに、佳乃はパタパタと足で何かを蹴ってみる。
「あんまり暴れなさんな、手荒な真似はしたくない」
隣に座っているらしい男が言った。だから、佳乃は暴れるのを止めて今度は平和的に話し合ってみようと声を出そうとした。しかし、猿ぐつわをかまされているので言葉にはならない。
「なぁお嬢ちゃん、おまえさんが通っている学校、おかしいと思わねえか?」
不意に、前の方から男の声が聞こえた。一番最初に道を教えてくれと言った男の声だ。
突然の話題に、佳乃は何を問われたのか掴みきれなかったので無言で答える。
「俺たちはもう何十年も前にあの学校を卒業したのさ」
今度は斜め前から聞こえてきた。
「おい、まだ余計なことは喋るな」
隣の男の言葉に前の二人が黙る。それからはずっと沈黙したままだった。
やがて、車はどこかに止まった。信号で止まったわけでないことは、隣に座っていた男がドアを開けたことでわかった。佳乃も引っ張り出される。踏みしめる大地は、少し埃っぽく、砂利であることが足の裏の感覚でわかった。
「ほら、行くぞ」
男に腕を掴まれて、今度は歩いて移動した。目隠しされているのでどうにも歩きににくく、佳乃は何度か転びそうになったが、そのたびに誰かの腕に支えてもらった。意外と待遇は悪くない。
やがて足元から砂利の感覚が消えた。かわりに、歩くたびに音の響く硬い床になった。どうやら室内に入ったらしい。湿ったにおいがする。
「悪いな、ここにいてくれ」
とある場所で足を止めたと思ったら、背中を軽く押された。そのさいに手首を縛っていた布をはずしてもらえた。後ろで扉の閉まる重い音と、鍵を閉める無情な音が響いた。
佳乃はとりあえず自由になった手で猿ぐつわをはずして深呼吸した。
それから目隠ししていた布をはずす。薄暗い室内が母親譲りの蒼い目に映った。机と簡素なベッドがあるだけの質素な部屋だった。明かり取りの窓がかなり上の方にある。
室内をグルリと見回していた佳乃の視界にその影が入ったのは、明かり取りの窓のちょうど真下。最初は黒いジャケットと黒いズボンを身に付け、濃い紫色の髪だということしかわからなかった。
「誰?誰かいるの?」
自分みたいに連れてこられたのかと思い、佳乃はその影に問いかけてみた。
「おまえ、見えるのか?」
驚いたような答えが瞬時に返ってきた。同時に、サワリと何かが鳴る。
「見えるって・・・?」
「まぁ、あいつの妹の娘だしな。見えても不思議じゃないけど」
会話が全く成り立っていない。しかし、声を聞く限り相手はまだ若い男らしい。
その言葉の中の「あいつの妹の娘」という言葉を聞きとめて、佳乃ははてと考えた。
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