キリノのブック

□ある優しい部下の話。
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 物欲しそうに、彼女が見つめた視線の先は、真っ白な校舎。大きな、金色の装飾の時計台が中央に聳え立っていて、中央門からは淡いブルーの制服に身を包んだ少女達が出てくる。
「あれ……なあに?」
 灰色のシャツと黒の半ズボンという、目立たない服装の自分を一度見下ろしてから、彼女は問う。
「あれはね、学校です」
「……学校?」
「子供達が同世代の子供と共に、遊び、学び、社会に出る前に教育される機関―――と言ったところでしょうか。僕も以前通っていましたよ」
「皆、行くの?」
「そうですね……別段貧しくなければ、大概の人は通ったことがありますね。隊長は経験がないのですか?」
 コクリ、と小さく彼女が頷く。年齢から言って、初等学校低学年と言ったところだ、編入する気になれば、出来ないことではないだろう。
 少し唸ったあと、僕は彼女の手を引いた。
「行ってみますか?学校」
「……うん」










 ある優しい部下の話。










「ああ?クロスジェンヌ女学院?」
 アイマスク代わりの成人向け雑誌をどかして、ジェイクはやっと話に参加してきた。
「入学すんのか?お前が?」
 その呆けた回答にボイルがため息をつく。
「馬鹿言わないで下さいよ。隊長が、ですよ」
 資料の束を抱えて戻ってきたケイゴもまた、机の上の入学案内を見て同じ台詞を吐いたが、頭上からの拳骨を喰らって納得する。
「……あいつに集団生活は可能なのか?」
「無理でしょうね」
 即答したボイルに、ジェイクとケイゴは互いに目配せした。
「なら、なんで入学させる?」
「何も、入学させるとは言っていません。体験入学でも見学でも何でもして、隊長に学校という場所がどんな場所か、わからせてあげたいだけですよ」
「だから……なんでそんな必要あンの?」
 次の襲撃先のリストを整理しながら、ケイゴが長身のボイルを見上げる。二十五歳と十三歳の身長差は意外に計り知れない。
「隊長はまだ幼いんです。幼い時にしか吸収できないことは山ほどあるんですよ?これからいかなる人生を歩むにしろ、情操教育は不可欠でしょうが」
「…………あー、そうかい」
 ジェイクが再び眠りの体勢に入る。戦闘員とは戦闘時以外は存外暇なものだ。ボイルはため息をつく。
「でも、学校ってそんな面白いかなー。俺、行ってたけど、怒られてばっかでつまんなかった」
「ケイゴの場合はお坊ちゃま学校でしょうが。良家のスパルタ校など、勉学の良さを語る環境ではありません」
「………麻薬ブローカーだったくせに、よく教育を語れるね」
 過去が過去だけに、ボイルは返す言葉も無い。そのままケイゴも書類整理をし始めた。
 ボイルは生粋の中国人だ。愛称は、たまたま当時着ていた服の背中に書かれていたロゴを、彼の上司が名前だと勘違いしたと言う経緯がある。
 長い黒髪を後ろで一つに束ね、いつも濃紺のスーツに身を包む。季節関係ないその姿に、仲間はいつも眉をひそめる。
ボイルは女学院側に連絡を入れて、家の都合で本人に会った学校を探しており、一日か二日の体験入学を希望すると伝えた。最初は嫌々そうだった先方も、体験入学にあたっての寄付金を伝えれば手の平を返した。所詮は人間、金で動く。ボイルはそれをよく知っていた。
「そういえばさ……なんで女子校なの?共学でもいいじゃん」
 ケイゴの呟きに、ボイルは即答した。
「男なんておぞましい生き物の居る場所に、隊長を放り込める訳ないでしょう!」
「……。」
「……。」
 現状は無象の男達の中に放り込まれた一本の花に等しい、と、二人は敢えて言わなかった。
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