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□なんか恋バナ
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その人は、何やら難しい数式を書いていた。
図書館の学習室は珍しくがらんとしていて、読書をする私とその人、それとあと数人がちらほらと各々の席に着き、真面目に勉強をしていた。
読書をしているのは私だけで、他の人達は勉強や勉強の合間に携帯電話を弄っている。
私が席を立つと、その何やら難しい数式をノートに書き殴っている人が、見えた。
私は専ら文学が好きで、数学が一番苦手…というか手つかずで、その数式は全く解読不可能な、古代の文字のように見えた。
後からその彼は受験の為の勉強をしていると判ったのだが、その時は、ただ難解な数式を見て、なんだか惹きつけられるように格好良くて、私はこの人を好きになる、とだけ思った。

次の木曜日、学習室に足を向けると、やはり、彼はいた。
彼は寝ていたようだが、私が階段を上って少し息を切らせながら、薄いドアーの前に立つとき、焦ったように目を開き、冷たい感じは一切しないがにこりともせず、私の目を見て、頭を少し下げた。
私は少し声を漏らし(あっ、とかそういう程度の)、できるだけ笑顔で頭を下げ返した。
けれども、上手く笑えた気がしないのだ。何故か彼の整ったかんばせを見ていると、笑顔が、出来ないのだ。彼にとって私は、愚かな者に見えるだろうなと、そういうことを考えてしまって、私がにこにこしていたら、彼は如何思うのか等。

そんなふうに彼の事ばかり考えていて、その日の読書は捗らなかった。
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