物語

□野風と咲
1ページ/1ページ


注※
今までのお話とは違い、このお話のみ ドラマ完結編 最終回後、の内容となっています。
仁先生は平成の世に帰り、龍馬さんは亡くなっており、残された人々の記憶に 仁先生は存在していませんので、
OKな方のみ お読み下さい
(時系列としては咲さんが手紙を書いた後、のイメージです)



…………………………………………



仁が未来に帰ってしまってから、少しの月日が流れ…


咲はホスミシンと皆の手厚い治療により 緑膿症からの劇的な復活を遂げ、すっかり体調も戻り、仁友堂で他の医師達と忙しい日々を送っていた。




そして、野風もまた。

もうあまり長くはないと…咲から聞いている。
野風はそれを受け止め、残された日々を家族と大切に過ごしていた。



秋も深まり北風を感じるようになり…
はらはらと小雪が舞った日。

その小雪が愛娘の肩に降りたのを見た時、自分でも驚く程に 野風の心は揺さぶられた。
目に見えぬ何かに、激しく心を突き動かされるような衝動。


(はて……)


髪に挿した雪の結晶のかんざしにそっと触れてみるが、これを贈ってくれた人との 愉快で楽しくも仄かに切ない、大切な思い出とはまた違うような気も、する。


(何ゆえ…かように心が乱れるのでありんしょう…)






数日後、仁友堂。


咲 「野風さん、今日の診察はこれで終わりにございますよ」

野風 「ありあとございんした、咲様。あちきの都合でもう夕暮れ時になってしまい、申し訳ございんせん」

咲 「いえそんな……あぁ、何とも美しい夕陽にございますね」

野風 「…まことに」


その時、野風はふと、夕陽を見つめている咲の横顔に目を奪われた。

元花魁の野風でさえ見とれる程の、凛々しく清々しくも美しい咲の表情を見た時…、野風の胸の内に 何故か確信めいた思いが浮かんだ。


(もしや、咲様はあちきと同じ思いを…抱いておられるのでは)



野風 「あの…咲様?」

咲 「はい、何でございましょう」

野風 「…………いえ」


なぜか、そこに容易には踏み込んではならない気がした。

それに、この曖昧なほろ苦い淡い思いを、どう話していいものか説明の方法が思いつかない。





野風 「咲様…また縁談をお断りになったと…聞きんしたが?」

咲 「ふふ……。よくご存知でいらっしゃいますね。母にはもう、呆れられております」

野風 「……」



咲 「どうしても、そのような気持ちになれず……もうおばば様になるまで、独りにございますかねぇ?」


言葉とは裏腹に、咲の表情は柔らかな微笑みをたたえている。



野風 「…何ゆえに…そのように笑っておいでなので…?」

咲 「……」

野風 「……」



咲 「……。うまく説明がつきませぬが…わたくしは幸せなのでございますよ、野風さん。胸の内に、温かい…大切な想い出がございますから…」

野風 「……? まぁ、咲様とのお付き合いはもう何年にもなりんすが… そのような…深くお慕いしていた方がおられたので?」


咲 「……(微かな笑み)」

野風 「……」



咲 「…初めて口にいたします。なにやら…野風さんにならお話してみたい気が…して」


野風 「……そのお方は…今?」

咲 「……もう二度と、お逢いする事も叶わぬお方でございます」

野風 「……」


咲 「あ、野風さん、そのような悲しいお顔をなさらないで下さいませ。先程も申しましたが…わたくしは、幸せなのですよ?」

野風 「幸せ…」


咲 「はい。もうお逢いできなくとも…例えわたくしの記憶が少しずつ薄らいでしまったとしても…ここに。想いは、思い出は、確かにここに…(胸に手をあてて)」


夕陽に照らされながら、咲はとても嬉しそうに微笑んだ。



咲 「全く寂しくないと言えば嘘になりますが… わたくしがしおれていては、そのお方をきっと悲しませてしまいましょう? …それに」

野風 「…?」


咲 「この仁友堂が、その方とわたくしの子供、にございますゆえ…」

野風 「…!」





野風 「ふふ…まことに…おなごとは強いものでありんすなぁ」

咲 「…はい。ふふ」






野風は、揺るぎない強い絆と想いを抱き続ける咲を、素直に羨ましいと思った。

と同時に…
咲の話を聞きながら、野風の脳裏にはほんの一瞬、おぼろげながら人影が浮かんだように感じたのだった。

大きな背中、あたたかい手…優しい声。

『野風さん、良かったです』


乳の岩。安寿。
そして…

……


野風は、わずかに滲んだ涙を咲に気付かれぬようそっと拭った。
まだ涙の訳はわからない。この先もわからないかも知れない。…


野風は、無意識に、誰かに今のこの幸せへの感謝の意を捧げていた。
しばらく2人は黙って夕陽を眺めていた……


・終・





お読みいただき ありがとうございました!

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ