Nobel

□春に咲かん
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パチパチパチッと近くで音がする。
火薬の臭いをかすかに嗅ぎ取る。
どこかで火が燃えているのに真っ暗だ…何もみえやしない。
次第に息が荒くなっていく、体が硬直して動かないために身動きがとれない…。

この感覚を………私は…

  ドン!!!
  「!!」

爆発音に驚きとっさに目を開けた。
友人の一人が打ち上げたらしい。
暗闇の中に花が咲いていた。
赤い色だったそれが緑色に変わると、すっと闇の中にまた消えていった。

「なんだ…花火か…っくしゅん!」

うたた寝をしていて、体が冷えたのだろう。浴衣を着ているというのもあって、夏の夜あまり暑くないので風邪をひいたかもしれない。

「だれかさんは本当に忙しい人ね。」

自分の座っているところより低いところから声がして、天音は下を見る。
なんでそんなところで座っているのか…。
新島要は、かなりの潔癖症だったはずだというのに…珍しい。

「要……そ、そんなに私の寝顔が見たくて…」
「うーん、そうねよだれ垂らして寝てるあんたの顔が面白くてつい。」
「えっえっうそ!!私よだれ垂らして寝てたの!?」
「よだれの長さは約一メートルだったわ。」
「長っ!!私の体液どんだけ粘り気あるの!?」
「写真も撮ったから。」
「何してんのよぉ!それが親友のやることか!」
「珍しいものをみたら写真に収めたがるのが、人間の本能ってものよね。」
「本能にしては大事なスキルに聞こえないんだけど!確か、本能って身を守るためのものじゃ…」
「守ってるじゃない。」
「は?どこが。」

要は手に持っている携帯を起動させ、ひとさし指を素早く動かした。

「おーい、何やってんの〜。」
「寝顔の写真をメールで一斉送信されたくなければ」「わかった!もう十分わかったからその手を早く止めて!!」


天音は要の腕に巻き付いて必死にせがんだ。
そして携帯の画面を見るなり、青ざめた。

「あ、……あんたって人は……時々ほんとに親友かどうか疑わしくなるよ……。」

天音は意気消沈して、地面にぺたりと座り込んだ。きっと下から要を睨み付けるなり、思いのたけを叫んだ。

「明日もし授業中に寝たらクラスからいじられて、安眠できなくなるでしょうが!!!」

「……」

「謝ってよ。」

「……」

「ねぇ……どうしてくれるの……要。
私……明日学校にいくのつらいよ。」

「…………」


天音は、実際寝顔の画像が送信されようとかまわなかった。
本当につらいのは、要が何も答えようとしなかったから。自分でもわからないが、思ってもいないことを言ってしまった。

要を責めるつもりはなかったのに、これだと、本当に画像を送ったことを責めているみたいだ…。


要はおまえには何も言うことがない、と言わんばかりに背を向けて立ち去った。

そんな彼女の後姿を見るのは、今日が初めてではない。
いつからこんなに遠くなってしまったのか……。
昔はあの背中を追いかけることだってできたのに。
肩を掴んで振り向かせても、何も答えてくれないとわかってるからだろうか。

でも、それでも………諦めない。
私がここで折れてしまったら、もう元には戻らないから。

天音は立ち上がって浴衣についた砂を払うと、花火を打ち上げたグループのもとへ何事もなかったかのように歩き出した。

























 

私の悩みそれは彼女だった。
新島要。
小学6年生のころに転校してきた。
腰までながした黒髪が似合う子供離れした美人だ。
黒板の前に彼女が立った時、わたしはそう思った。
暗い性格をしているわけではない、物静かなわけでもない。しゃべるときは、本当によくしゃべる。
ただ、どこか子供らしくない。
自分とは違った人、そう思って彼女に関わろうなどと考えたりしなかった。


彼女が転校してから、一か月がたった。
学校にいる彼女はクラスに馴染んでいるようで、人間関係にも、授業にもすべて困りごとがなかった。
なんでもできる人間は、悩みなんてこれっぽちもないんだろうなと思った。


その日は宿題のノートを学校に忘れて、夕方にとりに行った日だった。
担任の先生が宿題を忘れると廊下の雑巾がけを10往復させると言い出したので、どうしても今日中にとりにいかなくてはならなかった。

下校の時間はとっくに過ぎているため、廊下ですれ違ったのは、先生だけだった。
危ないから、早く帰れと途中で言われながらも教室にたどり着いた。

自分の机に向かい、引き出しの中に手を突っ込んだ。
紙の感触が手に伝わり、自分のノートを取り出して、カバンにいれる。

そのまま学校を足早に立ち去った。

「家に来るなり、いきなり宿題うつさせてくれって言ったけどそんなにこの問題難しかったの?」
「うん、そう!なんか頭が働かなくってね。」
「ふーん。いつもじゃないの?」
「うるさい!」
「ま、いつも使ってるノートがなくて、新しいノート買ってくる機転の良さはほめてもいいけど。」

実を言うともともと使っていたノートは、まだ見つかっていない。
昨日学校に行ったときに、取ったノートは自分のものではなかったからだ。

「ノートをなくしてるんじゃ、やっぱりおバカさんだわ。」
「くっ!あたしが百歩譲って本当におバカだったとしても、あんたに言われたくない!!」


ノートをなくしたんじゃなく、ほかの人の机から間違えて取ったなんて言えなかった。

言った後のことを、予測してしまったものだから…。


天音と宿題を見せた島原霧は、ノートを写し終える作業をなんとかこなし、チャイムが鳴る前に学校にたどり着くことができた。

「ぎりぎり間に合ったね。」

「はぁはぁ……そう…ね。あと…あんた…はやすぎ…」

天音はうっすらと額に汗をかいているのに対して、霧は膝に手をついて息を切らしている。


「ごめんいそがないと遅れちゃうと思ったから。」

小学生時代のころに陸上部に入っていた天音の脚力は今も現役のまま衰えておらず、霧はそのスピードにあわせて走ることで精一杯だったのだ。
天音が心配になってカバンにはいっているタオルを差し出しすと霧がそれを受け取る。

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