【捧げ物】(小説)
□いつの間にか、
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あの時、江口沙織の演奏を止めさせていたら、大好きな人が消えなかったかもしれないのに。
演奏を止めずに、キャラメルソフトを魔法で出したあの時の彼女の気持ちは、どのようなものだったのだろうか――
『いつの間にか、』
拙者達妖精は、妖精界へと連れ戻された。
しばらくぼーっとしていると、誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。
「誰の声でござろうか?」
声のする方をふと見ると、木の上で泣いているアクミがいた。
こういう時は、そっとしといた方がいいのかもしれないが、なぜか放っておけなかった。
「アクミ」
「!ラット!じゃなかった…」
「ネズミでござる」
「ネ、ネズミ何の用だよ!もうアタイ達はなんの接点もないはずだよ!」
その言葉が、思った以上に傷ついた。
そうだ、もう、アクミとの接点はないのだ。
“明日また会える”
そう思う事は、もう不可能なのだ。
そして、この女は先ほどまで泣いていたはずだったのに、拙者が来たからなのか、泣き止んでいた。
「…泣いていいでござるよ」
「…は?」
「さっきまで泣いていたでござろう?別に拙者がいるからといって泣くのを我慢することはないでござる」
「べ、別に我慢なんかしてないし!」
「素直じゃないでござるなー」
「………」
「拙者の前では我慢することはないでござる。好きな人が消えてしまった悲しくてつらい気持ちは拙者には分からないでござるが、思いっ切り泣けば、すっきりするでござるよ」
その瞬間、アクミの綺麗な頬に涙がつたった。
すると後を追うように、どんどんどんどん涙が頬を伝う。
アクミの顔が、涙でぐしゃぐしゃになった。
そしていつの間にか、自分の腕がアクミの背中へとまわされていた。
腕の中で泣きじゃくる彼女は、いつもより小さく思えた。