Waxing Crescent

□kapital.03
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『・・・ーク、イザーク。いるんだろ』


呼び戻す声に、ゆっくりと瞳を開ければ時の流れなど無関係と言わんばかりに一寸たりとも違わない無機質で冷たい天井が広がる
記憶の淵を彷徨っていた身体を起こせば、すーーっとひんやりとした空気が椅子との間に流れ込む
鮮やかに走馬灯のように蘇った"カノン・シュヴァリエ"の姿・声に私怨とは違うモノにまだ気づかぬイザークは、涼やかな髪を掻き揚げ我に戻った

「すまん、開いてるぞ」

入室を許可する声を確認するとディアッカが窮屈とばかりに襟元を緩めながら部屋に入ってきた

「寝てたのか?」

どこか力の抜けている姿を見るや、ディアッカお得意の冗談交じりの言葉をかける
気を緩めたまま部屋へ通すのは、気の許せる友だからこそだったが、それを口にするイザークではなかった
ディアッカもまた、それを理解してはいたが、イザーク相手だからこそなのか、はたまた生まれ持った性格故か軽い言葉が口をつく

「あぁ、少しな・・・」

「あれか?カノン・シュヴァリエの事でも思い出しちゃったりしてたり?」

「誰があんな女思い出すか!!!」

図星とばかりに溢しそうになった紅茶を慌ててデスクに置く姿に、ディアッカはくすりと笑う
隊長になっても、この分かりやすい性格は変わることなく、からかい甲斐があるというものだ

「まぁ、なんでもいいや、さっさと行こうぜ」

「どこにだ?」

「はぁ?おいおい、アスランがプラントに来てるから食事しようって話しただろ」

「あぁ・・・、今晩だったか」

やれやれ と褐色の肌に栄える金色の髪を掻き毟れば、軍配給品とは違う香りが滞っていた執務室の空気に流れをつくる
デスク脇に無造作に放り投げられていた上着を手に取り、ふわりと羽織る姿は華麗で見慣れているディアッカでさえ視線を奪われた



そんな二人を乗せたエレカは、夜のプラントで久々の再会を待ちわびる旧友のもとへ走りだす
軍施設内とは違い、暖かで煌びやかな街の灯り。そこに照らされる人々の顔は幸せそうだった
どれほどの人が、この平和を手に入れるために流れされた血、涙を知っているのだろうか?と湧き上がる疑問
しかし、何食わぬ笑顔で幸せな時を過ごす人々を見るのが嫌なのではない、むしろ、好きだった
自分が守ってきたモノ、これからも守りたいモノ そのモノだから・・・

「おい、イザーク。あそこ」

ディアッカの指の示す方に目をやれば、ザフトの白服
無謀にも対峙する幼い少年の手は震えつつも銃を必死に構えている、奇怪な光景が飛び込んできた
少年の口元の様子から必死に白服に対し何かを訴えているのが見て取れたが、その声は街の音にかき消されイザークの耳までは届かなかった

「どうする?イザーク」

「少し様子を見よう」

興味本位のディアッカに対し、イザークは極真剣な眼差しでその緊迫した様子を伺う
震える少年の手から銃を奪う事は、白服でなくとも朝飯前だ
銃口を向けているようで、本当に向けられているのは少年の方だ

ディアッカは気づかれないようにエレカを近くに寄せ、微かに聞こえてくる声に耳を大きく立てた





『私を撃てば、お前の気は済むのか?亡くなられたご両親は喜ぶのか?』

『そんなこと知らない!!ただ僕はお前らザフトに復讐すると誓ったんだ!!!』

『そうか・・・では、質問を変えよう。亡くなられたご両親はお前を守って死んだと言ったな?』

『あぁ。それがどうした!』

『お前に復讐をさせる為に、身代わりになったのかな?少なくとも違うだろ?』

『・・・』

今にも血が滲みそうなぐらいに噛み締める唇からは、微かに嗚咽が漏れる
無邪気に笑い、泣き、両親に甘える年頃の少年は、今はただ一人必死に恐怖と戦いながら涙をぐっと堪える

『死んだ人間が何を思ったのか、何を感じるのかなどわからないな。私にもわからない。私を撃ってお前の気が済むなら撃てばいい。しかし、腐っても訓練を受けた軍人。ただで済むとは思ってないだろ?討っていいのは討たれる覚悟のある者だけだが・・・お前にその覚悟はあるのか?』

『覚悟ならある!子供だと思って馬鹿にするな!!』



―――この声、この口調はあの女か・・・?


イザークの興味は加速度を増す



『そうだな、その瞳を見ればわかる。それだけの強い意思を持つお前なら良い兵士になれる』

『ザフトになんか誰がなるか!』

『そうかな?ご両親を戦争で亡くしたお前だからこそ、同じ想いをする人が二度と出ないように兵士となり、プラントを守る事にその力使う事ができるのではないかな?』

『僕と同じ人を・・・』

『私たちは何も好きで殺し合いをしているんじゃない。守りたいモノを守る為に戦っているのだよ。力を持ってしか守れないのなら、力で守るしかないだろう?"力なきモノが泣かない為にも、力あるモノが全力でそれを守る"それがザフトだ』

『じゃ、なんで・・・なんで・・・あの時、守ってくれなかったんだよ』

大粒の涙が止め処なく零れ落ちる
白い布で覆われた手がそっと震える小さな手から銃を取り、くしゃりと優しく頭を撫でる

『すまなかった・・・ザフトの人間として心から謝罪する。悪かった』

静かに紡がれた言葉
しかし、どこか優しく暖かい声に少年の張り詰めた糸はぷつりと切れ、声を立ててその場に泣き崩れ落ちる







「行こう、ディアッカ」

「あ、あぁ・・・」

後ろ髪引かれるディアッカに、イザークはこう続けた

「アカデミーで習った教科書通りの決まり文句だな」



そう、綺麗に並べ立てただけの言葉だった
起伏の少ない相変わらずの口調だった


なのに、イザークの心にまたひとつ新たな棘となって突き刺さる




2010.02.23

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