Waxing Crescent

□kapital.04
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――あれは・・・


光を弾いて零れ散る一瞬の煌き
小箱を手にするシュヴァリエを見つめると、長い睫が哀しみに濡れ始めた瞳を覆い隠した

アスラン・ザラもまた、手渡した小箱を見つめながら 辛く悲しい表情を浮かべている





「なんだか、久々の再会を喜ぶ恋人同士って訳じゃなさそうだな」


背凭れに肘を預け、頬杖をつくディアッカ
斬り込むように鋭い、イザークの視線に気づかぬ者がいるだろうか


「知らん」


シュヴァリエを包む軍服は、彼女を必要以上に怜悧に見せる
軍服の持つ力は特殊だ
同じ色・軍服を纏いながらも、同じモノとは思えない事もある
彼女の他者の心胆寒からしめる冷酷な部分が本質であるかのように強調されているようだ
戦場における彼女の容赦ない有り様は、時に慈悲の無い死神のようだった


なのに、今目にする彼女の姿は一体・・・


イザークはしばらく黙ったまま、何かを考えるように視線を逸らし 冷めかけた食事を続けた
しばらくぶりの会食、多忙な中時間を割いたにもかかわらず途中離席する友に怒りを露にするはずだった
しかし、今宵のイザークは静かに運ばれてくる食事を淡々と口に運び、何も語らず静かだった


「あ、笑った・・・」


そんなイザークを横目に好奇心いっぱいのディアッカのつぶやきに、食事の手を止め その主へと視線を戻した
アスランとシュヴァリエの間に漂っていた悲しみと緊張が緩み、親しげな笑みが浮かんでいる
その姿にイザークは不快気に眉を上げたが、知らない二人は微笑えみ合う


「っち・・・相変わらずアイツの顔は人を不愉快にさせるな」

「は?それはアスランの事?それとも・・・」


真っ白なナプキンで口元を拭うイザークの顔を悪戯気に下から覗き込めば、プイっとそっぽを子供のように耳を赤くしていた


「ヤキモチ焼いちゃって・・・」

「っ!!貴様!!!」

「おい、イザーク・・・」


アスランの咎めるような静かな声に我を取り戻せば、突如 声を荒げた様子に周囲は食事の手を止め、唖然とした視線を向けていた
咳払いをひとつし、止まった手・向けられた視線を断ち切って、平静を装えば、何故かアスランの後ろでクスクスと静かに笑うシュヴァリエの姿が目に飛び込んだ


「何がおかしい・・・」

「これは失礼。ジュール隊長」

「貴様・・・」

「まぁまぁ、今日はプライベートなんだし楽しく行こうよ。シュヴァリエ隊・・・、いやカノンちゃんも、ね♪」

「あぁ・・・うん・・・シュヴァリエも食事がまだらしいって言うから、一緒に・・・いいかな?」

「勝手にしろ」


シュヴァリエは静かな微笑みを口元に浮かべつつ、イザークの向かいの席に腰を下ろすと、どこからともなく給仕がそっとメニューを差し出す
しかし、シュヴァリエは来慣れているのか メニューを見ること無くオーダーする

これと言った会話も無く、ディアッカの軽い冗談や性懲りも無い話とそれに苦々しいアスランの笑顔がテーブルを飾る
それを邪魔することなく 存在しないかのように行き届いたサービスを提供する給仕が各々に食事の最後を飾る珈琲、紅茶を運ぶ


「"力なきモノが泣かない為にも、力あるモノが全力でそれを守る"か・・・」


琥珀色に波打つカップの中の液体を見つめながらイザークは呟く


「模範解答・・・でしょ?」


黒い液体の中に白い螺旋を描きつつ、シュヴァリエもまた視線を落としたまま呟く


「俺たちがどれほど命をくれてやっても、家族を失い、住む場所を奪われた者は、憎しみを抱く。そして守られた者たちとて俺たちに感謝することもない。冷酷無比な貴様には関係のないことだろうがな・・・」

「イザーク言いすぎだぞ・・・」


ふと落ちた沈黙に、イザークの名を呼ぶアスランの声が響く。
アスランは心に怪我を負うシュヴァリエを気遣い、気にするなとシュヴァリエに声を掛けようとした
日頃、あまり表情を浮かべることのないシュヴァリエの美貌が不快気に曇り、軍務に就居ている時とはまた違う低く静かな声がアスランのそれを遮った


「戦いに身を置く我らは、その血の騒ぎを知っている。しかし、それはただ守られる事しか知らない者たちよりも辛く悲しい痛みを多く知っている。癒えぬ傷であれどそれを包み込む時の忘却であれば良いのだ、少なくとも軍人であり続ける我らザフトにとって必要なものだ。忘れることは大切だ。しかし、忘れることが出来ぬ事がある、だから――私は・・・」


幾つもの積み重ねられる時は朧な夢の欠片となって安眠を奪う
恐らくは眠ることを拒否している原因の一端はそんなところにあるのだろうとシュヴァリエは理解していた

イザークに気付かれぬよう、そっと吐息を零す


良くも悪くも幼い頃からの腐れ縁で、お互いの手の内も思考も無意識の内に熟知している
今、このテーブルに欠けている失った友の笑顔が、死に際が走馬灯のように鮮明にこの場に流れていることは各々感じた
その証拠に、いつものディアッカなら和ます言葉も笑いも、必要ならば幾らでも思い付くのに何も言えずに俯くしかできなかった
口にする言葉に意味などないことを互いによく知っている


「折角の会食 邪魔をしたな・・・。私は先に失礼する」


シュヴァリエはふと身体の力を抜き、苦い笑みを零し席を立った
颯爽と背を向け歩き出す、白き背中は過去に苛立ちを覚えたあの背中とは異なる色を帯びているように感じられる
今にも消えてしまいそうなほど儚く、それでありながら艶やかさも兼ね備えた女らしい色に・・・


「おい!"私は・・・"なんなんだ?!」



 冗談も本気も思いやりも隠した本音とやらも――何もかもが面倒だ
 プライドも憐れみも、全部、捨て去ることが出来るなら、いっそその方が楽だ
 全てを知りたい



イザークの心の中でふと沸き起こる感情を知ってか、知らずかシュヴァリエは風のようにイザークに歩み寄る


「私は眠れない。それはきっと一人だから・・・貴方が隣にいれば―――」



 そう
 暗く冷たい闇夜でも、隣に暖かい温もりがあれば、いつしか囚われていた形のない悪夢は消え失せ、四散する
 この胸の痛みさえも
 綺麗事だけの愛など捨て去ってしまえばいい
 道徳に縛られた謙虚さなどどんな価値もない
 夜明けまで抱き合い、夢さえ訪れぬ欲望の時を過ごせば きっと・・・



そんな想いを悪戯に銀髪をしなやかな指先で梳かしつつ、唇の動きが伝わるほど耳元近くでシュヴァリエは囁いた



甘く 
至極、甘く
切ない色を隠して―――



2010.04.06

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