Waxing Crescent

□kapital.06
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「このままでは到着が遅れますが・・・」

ブリッジで最新の位置データが示された作戦ボードのパネル表示に、別窓で重ねた今回の首謀者たちの個人データを交互に見つめながら、沈黙し続けるシュヴァリエにシホは呟いた
反ラクス派との戦局が停滞している同地域の早期制圧・不用意にも捕虜となった評議員救出任務が、シュヴァリエ隊・ジュール隊に通達されたのはつい3時間前のことだった
別任務に着いていたシュヴァリエ隊よりも、本国から先に出立したジュール隊は目的地へ既に着こうとしていた


「あの男の事だ、こちらが到着するまでに事を終わらせると息巻いているのだろうな・・・」


簡潔な言葉
シホは"確かに・・・"と肩を竦めてみせた


「しかし、評議員たちは何故あのような場所に護衛もなしで行かれたのでしょうか?」

「それは私たちの関知する事ではない」


シュヴァリエは踵を返し、指揮席に静かに座り瞳を閉じた
いつもこうして、瞳を閉じ多くを語らないシュヴァリエに、シホはどこか寂しさを感じる


―――きっと私じゃなくてもいいんだろうな・・・
 
 
着任当初は、副官に任命された事だけで胸が躍り満足だった
しかし、時が経つにつれ その感情は次第に薄れて、募るは寂しさばかり
『友達になりたい訳じゃないけど・・・けど、もっと・・・・・・』そんなため息がふと零れ落ちた


「どうした?」

「いえ、なんでもありません!」


あまりに子供染みた想いな気がして恥ずかしくなり、シホは白い頬を珊瑚のように赤く染めた


「偵察隊、現地到着した模様です」

「光学映像と各艦データを出してください」


訝しげにシホを見つめるシュヴァリエの視線を避けるにように、指示がブリッジに響く
映し出された映像、データは事前情報と違いないモノでシホの目にも、先着しようとしているジュール隊のみで容易く遂行可能に見えた


「何も問題なさそうですね」

「さて、それはどうかな?箱は開けてみないとその中身はわからない。特にあの奇妙な赤い艦(はこ)はね」

「は・・・はぁ・・・・・」


口元に浮かべた不適な笑みを隠すように口元で手を組み、モニターに映る赤い敵艦に目を細めた
しかし、シホはもとよりブリッジのクルーたちにも、単なる時代遅れの古びた赤い旗艦にしか見えなかった


「隊長、ボルテールより通信です」


オペレーターはくるりとシュヴァリエに向きを変えつつも、通信を開く準備をしていた


「また、あいつか・・・、私は自室に戻る。シホ適当にかまってやれ」

「あっ、はい・・・え?ぇぇぇ!!それはまずいかと思われ・・・・・・」

「何故だ?あの男をかまっている程、私は暇じゃない。それとも何か有効な情報でも得られると?」

「いや、それは・・・」

「まぁ、気に喰わない相手と口をきくより、シホのが何かと精神的に良いだろうからな。それに・・・」

「あ、あの通信開いてよろしいでしょうか・・・」


シュヴァリエは意味有り気に自分と同じぐらいの背丈のシホの肩に手を添えつつ柔らかい笑顔を見せブリッジを後にした
同性でありながら、あの普段見ることのない柔らかい笑顔に心奪われ、一瞬我を忘れそうになる


「"それに・・・"なんなんですか!隊長!!!」


寝室を覗かれたような気恥ずかしさが我を取り戻させるが、時遅く、冷たい扉はその口を閉じていた
『もう!!』と困り果てたシホは、襟元を正し、何故か髪を整え通信を開くのだった


「お待たせして申し訳ありません。ジュール隊長」

『あぁ。どれだけ待たせる気なんだ・・・それに何でシホお前だけなんだ?』


案の定だ


「すみません。それは・・・その・・・シュヴァリエ隊長は・・・・・・・」

『ほぉ、シュヴァリエ隊長殿は俺の相手などアホらしくてしてられないって訳か?』



怖い



ブリッジ全体を覆う一色の空気
容姿端麗、しかもあの眼光鋭く澄んだ瞳に浮かぶ色がそれを増長させる


「あ・・・それはその・・・・・・(そのおっしゃる通りです)」

『お前では用は足りそうもないが、まぁいい。すでに評議員の解放の手はずは着けた。評議員の身柄の確保が出来次第、あの目障りな旗艦を殲滅する』

「それではこちら・・・」

『心配するな、貴様らが到着する頃には綺麗さっぱり任務完了だ。せいぜい、その最新鋭の高速戦艦の名を汚さないように急ぐことだな』

「は、はい・・・ご心配ありがとうございます・・・」


相変わらずの自信家なところに苦笑いするしかなかった


「ジュール隊長・・・あの余計な事だと思いますが」

『なんだ?』

「シュヴァリエ隊長が"赤い旗艦が気になる"と・・・」

『何をどう気になると言うんだ?』

「それが・・・」

『っ!はっきりしろ!!あいつの副官だろ、貴様は』


"副官"


その何気ない言葉は胸に深く突き刺ささる
肩書きだけで、実質は他のクルーたちとなんら変わらない自分がいた
ただ指示を待つだけで、伝える役だけでその真意・思考を何も知らない・わからなかった


『まぁいい。余計な心配だと伝えておけ』


黙り込むシホの心情を読み取ったかのようにイザークは、その口調を変えつつ通信を閉じた



 *   *   *
 
 

「っち・・・」


通信を閉じ、代わりに映し出された黒い艦隊をどこか寂しげに見つめた
アスランとの会食の席で会って以来、互いに多忙を極め会議で会うことはあっても、口をきく機会などないのが現実だった
シュヴァリエはどうか知らないが、イザークはシュヴァリエと接触して以来、ほかのどんな女と会話をしても興味をそそられる事なく、むしろ退屈で益々空虚さを感じるようになっていた
何故、自分があのどうあっても喰えない女に惹かれるのかまったくもって理解できなかったが、自身の内に眠っていた欲望にようやく気づいたのだった
しかし、任務に追われる日々の中で、かたやシュヴァリエ隊はその艦数を増やし着々と功績を積み上げ"黒き死神"と異名を取り、旗艦フェアトラークを含めプロフェ・レリクト・フェストの4隻の大艦隊に着任して数ヶ月でなっていた
それ故、その任務はどれも難攻・危険な任務ばかりで、一応の穏やかな情勢の中にあっても激務続きで 近頃では会議すら欠席の有様だ
そんな中で、自分の隊だけでなく特務までひっぱりだしたのは誰が見ても氾濫分子の戦力規模に対して大袈裟過ぎる対応だったが、評議員の手前も相まって軍としては顔色伺いの為にこれだけの数を割いたのだろう

イザークにとっても、ある意味シュヴァリエ隊との合同任務は不本意だった
実力で言えば、自分たちだけで十分なはずなのに
が、しかし、心のどこかでシュヴァリエと接点が持てた事に嬉しさを感じている部分もあった


「ディアッカ!赤い旗艦に何か妙な動きがないか調べろ」

「はぁ???」

「つべこべ言わずにさっさと調べろ!」

「へいへい・・・」


古く錆付いてはいても漆黒の宙において、その赤は鮮烈だった
シホの忠告通り一応、調べたもののこれといって注意するべき点は見当たらず、それどころか、大人しく評議員を乗せたと思われる救難ポットが1つ射出された


「MS部隊発進。救難ポットを速やかに回収。追撃に注意しろよ」

「なぁ、イザーク。随分と敵さんは大人しいんじゃないか?俺たちそんなに有名だったっけか?」


ブリッジでイザークと並んで、淡々と進むポット回収作業を見守りつつ さすがに直感的に違和感を感じるディアッカは冗談交じりに呟いた


「あぁ、これじゃ・・・」

「これじゃ?あぁー、カノンちゃんに良いとこ見せられないってか?」

「っ!ディアッカ!ふざけ・・・」


冷やかすディアッカの胸元を掴む手が驚きに打ち震えた
イザークだけでなく、その映像を見ていた者全ての者たちの意標を着いた光景が飛び込んだ瞬間だった


「お・・・おい。なんなんだよ・・・この光・・・・・・」

「核だ・・・」


評議員を乗せていたはずのポットを中心に強烈な白い光が広がる
プラントを吹き飛ばす程の威力ではなかったが、回収に向かったMSを綺麗に消しさるには十分な威力だった


「っくそ!!!あの赤い旗艦もろとも全力で殲滅しろ!手加減は無用だ!!!ディアッカ出るぞ!!!!」

「お、おう!」


鼻息荒くパイロットスーツに着替えることも忘れ愛機に飛び乗り発進するまでにそう時間を要していないはずだった
しかし、敵機の位置を確認しようとモニターを見ればそこには3方向の各艦より発射された単装高エネルギー収束火線砲に貫かれ沈む赤い旗艦の姿が映る


そして・・・・


爆煙が消え、4方向目から姿を現したのは宙よりも更に濃い漆黒のカラーリングに、血のような深紅のザフトの紋章を刻んだカノン・シュヴァリエを乗せるフェアトラーク艦だった





2010.04.19

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