Waxing Crescent

□kapital.07
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「プロフェ・レリクト・フェストは敵の全殲滅。当艦は離脱する輸送艦を追撃。ジュール隊長機と回線開け」

「は、はい!」


反論・疑問の余地なく、またそれを許さない指示が飛ぶ
間もなく、ブリッジにイザークの不機嫌な顔と怒鳴り声が飛んできたが、シュヴァリエはお構いなしに指示を告げた


「当艦は離脱する輸送艦R1を追撃する。そちらはR2の確保を。文句ならプラント帰還後に聞いてやる」

『っち!了解した・・・ ディアッカ、R2の捕獲だ!!行くぞ!!!』


シュヴァリエ隊の圧倒的な戦闘力の前に敵はおろかジュール隊の隊員までもが愕然とした
冷徹でありながら一番効率的効果的な采配、先を読む力は千里眼を持つのでは?と錯覚してしまう程だ
優秀な指揮官であればあるほど、独自の情報ルートを持ちそれを分析する力にも長けているだろうが、シュヴァリエはその能力がずば抜けていた事で、特務隊隊長に抜擢されたのだった


程なくして、捕虜となった議員および首謀者の確保の一報が届いた
目だった戦闘・負傷者もなく無事に・・・
評議員たちはボルテールにて、首謀者はフェアトラークにてプラントに連れ帰る事となったが、これがシホが初めて特務隊に課せられた本来の任務の意味を知る発端となる



 *   *   *
 


疲れきった身体をベットに沈め眠りに着く兵士たち
安堵に包まれるフェアトーラク艦内に置いて、その緊張を解くことなく硬質な足音を響かせる者がひとり


「あれ、隊長?どちらへ?」


穏やかで優しいシホの声が張り詰めた白服の背中を包む

自分とまったくと言っていい程 相反する性格のシホが、こうして私の歩みを時折止めるようになって、どれだけの時が過ぎただろうか
爆煙と血と油の匂いしかしない日常で、安らぎと優しさをいつまでこうして変わらずくれるだろうか
出来る事ならずっと何も知らずに普通の副官、ザフトの一兵として居させてやりたい
しかし、それも限界か・・・

ここ数日のシホの様子から、シュヴァリエは自身がシホの為にと距離をとっていた事で、シホが副官として責務、役割への物足りなさ、寂しさを感じている事をふと毀れるため息に決断の時と悟った


「シホ、私の・・・いや、特務の副官として本来の役割を担う覚悟はあるか?」


唐突な質問だった


―――"本来の役割"とは?


シホの緩やかに結られた髪が甘い香りを放ちながら揺れる


「私としては、下された命令を速やかに遂行し、隊員たちの様子に目を配れる副官として、何も不満を感じていない。それでいいと思っていた。しかし、貴女は物足りなさを感じているのだろう?」

「私はそんな・・・ただ・・・・・・」

「ただ?」

「ただ・・・もう少し隊長の右腕らしく・・・・・いえ、すいません」

「シホ、貴女は十分有能だ。現状以上の役割を求めるなら貴女の性格上、苦悩と苦痛の日々となるかもしれない。それでも、引き返す事は許されない。私と共に茨の道を歩み続ける覚悟がそれでもあるなら、ついて来い」


有能かつ上昇志向の強いシホは、迷わずついて来るのは一目瞭然だった
これまで同様、何も教えず距離を置いておきたかったが今宵、シュヴァリエは覚悟を決め、選択をシホ自身に委ねた
それは、カノン自身の僅かばかりの逃げだったのかもしれない


「はい!」


翳りがちだった顔を輝かせ、副官に任じられたあの日のような喜びを一身に感じているシホの姿に、シュヴァリエは苦悩の色を濃くした


シュヴァリエが寝息に包まれる静かな艦内でたどり着いた先は、首謀者を監禁している部屋だった
鉄格子越しに、拘束されている首謀者を見つめるシュヴァリエの瞳は冷たい光を帯びている


「口封じに殺すか?」

「あぁ、その通りだ」

「え?!」

「シホ、黙っていろ」

「へぇー。その姉ちゃんは何も知らないとみえる、教えてあげちゃおうかな くくくく」


シュヴァリエを苦しめ、それを楽しむかのように男は高らかに笑い饒舌に語り始める
衝撃的な事実とやらを・・・


「あの評議員たちさんなは、俺らの資金源・情報源さ。しかし、最近じゃ"戦争してない儲からない"とか何だかんだ煩くてな。それで、まぁ十分資金も頂いた事だし、自分たちの実戦訓練がてら消えてもらおうかと思ったんだが、まさか特務まで出てくるとはな、とんだ誤算だ」

「黙れ」


いつになく厳しい表情のシュヴァリエにも驚いたが、男の証言がシホには上手く飲み込めなかった
反乱分子とて、戦いに挑む者なら独自の資金源、物資調達ルートはあるのは当たり前だし、味方の権力闘争で反乱分子に資金を裏で提供したりは良くある話だが、まさか懐を肥やす為に戦争を敢えて生み出そうとは夢にも思っていなかった


「おっと、俺を殺すと残りの核の保管場所、わからなくなるぜ?」

「貴様の戦略から少しは賢い男かと思ったが、とんだ間違いだったようだな。そんな事とっくに把握している」

「それはそれは、恐れ入りました。俺はてっきり、特務が出てきたのはその情報を得る為だと思ったんだがな。まぁなんでもいいや、殺すなら殺してくれ。こんなに綺麗な姉ちゃん二人を前に死ぬなら悪くない」


命乞いをする訳でもなく、悪びれる様子もまったくなく、それどころか、肩を竦め高笑いするその様は潔い武士のようだ


「生憎、口数の多い男は嫌いでな」


言い終わらぬうちに乾いた音と硝煙の匂いが一面を覆う
シュヴァリエは、顔色ひとつ変えることなく、銃を腰に収めると結っていた髪を徐に振りほどいた


「後処理は軍医に任せて、私たちは休もう・・・」

「・・・」

「シホ、聞こえてるか?」


人を殺した事もある
人が目の前で死ぬのも見たことある
だけど、これは・・・

眼下に広がる血の海に恐怖にも似た感情がシホの身体を走り抜けた


「シホ!」

「あっ、はい」

「聞きたい事は山ほどあるだろうが、今日は自室でその混乱した頭を冷やせ。特務とは、そこに正義があろうがなかろうが、ザフトの不利益になりえる事を事前に排除する事が任務だ。これから先、このような事も、これよりも汚い部分を数々目にする事となる。私たちが遂行する任務のどれもが、功績を挙げ名声を得る為の戦いとは違う。他の隊とは違い、公になる事も、評価される事もないだろう。それでも"ザフトの為に"と遂行するだけだ。わかるな?そこを踏まえて自分なりに考えろ。日を改めて、話をしよう。わかったな?」

「・・・」

「しっかりしろ」


シュヴァリエの瞳が、不意に迸るように苛烈な光を浮かべた
その鋭い瞳の前にシホは衝撃的な事実の残滓も粉々に砕け散って消えるように感じられた



―――そうだ、これは任務。そして、私は特務シュヴァリエ隊副官
                         裏切ること、引き返す事は決して許されない



その鋭い光を前にシホは一度息を飲み込み、それから彼女の怒りを和らげるように言い訳めいた言葉を慌てて繋ぐ


「大丈夫です!私はシュヴァリエ隊長の副官ですから!」


シホの硬く握られた拳は、動揺を隠し切れず僅かに震えていたが、その言葉の前をシュヴァリエはそっと瞳を閉じ『そうだな』と静かで暖かい笑みを残し、自室へと消えたのだった


噛み殺した恐怖と青い孤独に抱かれる夜に
この胸で寂しく沸き立つだけの苛立ちが
飛べない自分を責める
翼は折れても歩けるなら 道はあるはず

生きている意味 探しては迷い
痛みだけが ただ答えに近くて・・・

どれほどの苦しみに耐えたら 笑顔は自由になるのだろうか
どれだけの命を奪ったとき 争いは終わるのだろうか

果てしない漆黒の宙にまた沈む
錆びた魂は鉄より重くて・・・





2010.5.13

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