Waxing Crescent

□kapital.08
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人は自分が信じたい事だけを信じる
 
Homines id quod volunt credunt


だから、自分の意にそわない事柄を目にした時 その記憶に蓋をする
あるいは、都合の良い理由を創造する

でも、突然 突きつけられたあまりに残酷で汚な過ぎる事実を前に
私は何も出来なくなってしまった



 *   *   *
 


あの時、私は瞳に宿る修羅を見た
あの夜、私は背を覆う悲愴を見た


きっと私は叫んでしまうと思った


『どうして殺してしまうのですか』

『貴女は知っていたのですか』

『ザフトは何を・・・特務とはいったい・・・』


でも、私は何ひとつ聴けなかった

何ひとつ―――





プラントに帰還するまで無意味な笑みを浮かべ、取り繕った言葉を積み重ね、私は自分に何度も呪文のように"シュヴァリエ隊の副官だ"と言い聞かせ時を過ごした
多忙極める日々において、シュヴァリエ隊長は私の整理しきれない想い・疑問に耳を傾ける時間、応じるチャンスを数多用意していた
だが、私はそのどれも気づかぬ振りをし、放棄した


幾日目だっただろうか
そんな私を尻目にシュヴァリエ隊長は、久々に降り立ったプラントの人口空を見上げ、降り注ぐ眩しい日差しに目を細めた
広いとは決していえない艦生活から解き放たれ、特務隊隊長に課せられた想像を超える責務・緊張からの開放され肩を下ろすその姿に、"この人もまた人なのだ"と無事帰艦できた喜びと共に久々に暖かく優しい気持ちが沸き起こった
しかし、現実はプラントに帰ろうとも変わることなく、ガタガタと遺体を運ぶストレッチャーの車輪音が私にそれを許さなかった


「除隊させてやろうか?」


唐突で鮮烈な言葉に全ての時が止まった
反論することも、否定する事もできない


―――― 特務隊は一度任命されたら主に"戦闘不能"の理由以外では、その除隊を認められない


今思えば、それは隊長の優しさから出た判断であり、最大の配慮だったと幼稚園児でもわかる簡単なモノだったが、この時の私はただでさえ混乱していたし、その二文字に衝撃を受けパニックに陥り、基本を思い出すどころではなかった
それに、私はその言葉に一瞬ではあったが開放された感覚を覚えた。この感覚は後にイザーク隊長に『それでも特務の副官なのか!』と怒鳴られるまで続くのだった



それ以上の言葉もなく、返事を待つ様子も見せず 淡々と帰艦書類にサインしていくシュヴァリエ隊長
ただその横で俯くだけの私
久々のプラントに嬉々としつつも、慌しく行き交うクルー
ストレッチャーで運ばれる冷たい肉の塊
無事生還できた事だけに安堵を見せ、腐った言葉と笑みをこぼす議員


それぞれにプラントの風は等しく優しくその頬を撫でた


「君、それは?」

「首謀者たちの遺体です」


改めて生還した喜びに包まれながら、イザークを賞賛する議員たちはその現実にある意味安堵を覚えた
何も分からないイザークは、怒りと疑念交じりの視線をシュヴァリエにむけたが、当の本人はイザークの存在自体認知すらせず、議員たちのその安堵をあざ笑うかのように、カツカツとブーツを鳴らしそっと囁いた


「火遊びは程々に願います」


シュヴァリエの不敵な笑みに、議員たちは一様に顔を強張らせた
いや、女ながらに凛とした声色と射るように鋭い視線に、怯む者は多い


「イザーク君、迎えが来たのでこれで失礼するよ。」

「本当に君には感謝している。くれぐれもエザリア女史にも宜しく言っといてくれたまえ」


ばつが悪そうに取り繕った笑みでイザークを称えつつ、議員たちは震える声でシュヴァリエに囁いた


「余計なことは言うな。貴様一人ぐらい捻りつぶすことは造作もないことなんだからな」


どこまでも、自分が優位である事、権力を握っている事を誇示したい人種
子供じみた脅しが通用する相手でないと理解する事すらできない低脳
コーディネーター、ナチュラル いや 時代を問わず進化できない人は存在するのだろう


「シュヴァリエ、貴様 確か帰艦後に文句を聞くと言ったな」

「文句があればな」

「あるに決まってるだろが!!今から付き合ってもらうぞ」

「生憎だが本部に出頭命令が出ているので、今、貴様に付き合う暇はない。失礼する」


穏やかな風に舞い落ちる花びらは、その肩先で向きを変え瞬く間に様子を変えていく
それはまるで、白い裾を翻すシュヴァリエの凛とした雰囲気が、自然さえもそうさせたかのように

近頃では、他の者を容易に近づけさせないどころか、無意識に後ずさりさせてしまいそうな風格にも似たモノを纏いはじめていたが、強く吹きつけた風に乗ってイザークの鼻先に届いた油と硝煙と汗の匂いの中に混じった華やかで微かに甘いシュヴァリエの匂いが紛れも無く女である事を語っていた


「あ、ちょいまち!カノンちゃん 夜ディナーでもいかない?こないだの約束もあるしさ〜♪」

「ディアッカと約束?・・・した覚えがないが、まぁいいだろ。あとで連絡する」

「お、絶対だぜ?」

「ちょっと待て!貴様、俺の話聞く時間はなくて、ディアッカと食事する時間はあるのはどういう事だ!!!」

「"今"は時間がないだけだ」

「っは?!俺を馬鹿にしてるのか!!!!」


シュヴァリエは怒りに震えるイザークを横目に、迎えのエレカに乗り立ち去ってしまった


「っくそ・・・。どこまで人をコケにしやがって」

「まぁまぁ、落ち着けよ、イザーク。もしあれなら、一緒に来たっていいんだぜ?」

「これが落ち着いていられるか!!大体、ディアッカ 貴様がなんであいつと食事なんか行く必要があるんだ!」

「え?もしかして 妬いてんの?」

「・・・ッ!」


怜悧なアイスブルーの瞳の奥に見える分かりやすい嫉妬の色
煽れば煽るほど、その色を濃くし激しく襟ぐりを握る手が怒りに震える
もっと焦らし弄んでみたかったが、これ以上はコチラの身も危ない


イザークの扱いは手馴れているからこそわかる限界点




2011.4.29

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