Waxing Crescent

□kapital.09
1ページ/1ページ



俺の傲慢だろうか

この全ての感情を殺した顔や何も語ろうとしない姿から立ち上る気配が辛く哀しそうに感じたのは―――



 *   *   *
 
 

軍本部内
その中でも特務という、特殊な職に就任しているカノン・シュヴァリエの執務室は基本的に他人が容易に入り込めない厳重なセキュリティがなされている
それは、同じ隊長であるイザーク・ジュールとて勝手に入室が出来るモノではなかった

イザークはまんまとディアッカに出し抜かれた事に怒り心頭で、気がつけばシュヴァリエの執務室の前に立っていた
執務室の前で在室を確認するように連絡をとってみれば、執務室の硬質で冷たい扉が主の返事を代弁するかのように気だるく口を開けた

部屋の作りは、自身の部屋と同じだったが主の多忙極める宙での任務が多い事を物語るかのように、何もない部屋だった
それはまるで空室同様

無造作に上着と軍帽がデスクに脱ぎ捨てられていた
向かいのソファに視線を変えると、しなやかな肢体を横たえ天井の明かりを避けるように腕で顔を覆うシュヴァリエの姿があった
鍛え抜かれた軍人といえど、疲れるものは疲れる
入室を許可しておきながら、横になったままでいることやその血色が良いとは言えない唇、艶のない声から体調が悪いのは手に取るように読み取ることができた
本来なら急を要する任務の話でもない以上、出直すべきだと思った
が、いつまたこうして話をする時間を取れるかわからない相手だったし、いや 正直に言えば、こうして隙を見せている事が嬉しくもあり、このままそばに居たかっただけだったのかもしれない
緩められた首元から覗く白く滑らかな肌、女である事実を明確に知らしめる胸の膨らみに意識せずとも目が行ってしまう自分を振り払う


「体調悪いなら医務室行くなり、自宅に帰って休むなりしたほうがいいんじゃないのか?なんなら送ってやらない事もないが・・・」

「用件を言え」

「可愛気のない女だな」


イザークの皮肉混じりの言葉に、シュヴァリエの返答とも言えるその笑みは少しだけ意地の悪さを含む。どこか子供じみた、それでいてここでしか見せぬ、取り繕わぬシュヴァリエの初めて見た一面だった
他者にはきっと見せる事のない責務から開放された姿であり、普段 無表情・無感情に近い軍人シュヴァリエが一瞬見せた表情に自身の心のすべてを奪われた

しばしの沈黙、彼等は書類の山積したテーブルを挟み向かい合う。無言の時が互いの内に齎すものが、静かな喜びを心に満たす。イザークの纏う気配が変わる。シュヴァリエは顔を覆う腕を退け、食い入るような眼差に低い声で答えた


「我等に課せられる悪しき任務と、それにより科せられる忌まわしい評価に耐え切れない者をどうしたらいい?」

「貴様、何を言ってるんだ?」

「お前に聞くだけ無駄・・・だったな」

「無駄とはなんだ!俺もお前と同じ隊長だぞ!!プラントを守る為の任務に、だいたい良いも悪いもないだろが!しかも、命を掛ける俺らに何故忌まわしい評価なんてされる必要がどこにある?」

「普通の任務だけなら・・・な」





彼等のように光差す道を影に気づく事無く歩む者たち、そして我等のように静かに影の中を歩む者たちもまた存在する
そこには初めから仕掛けられた孤独があるのみ
だが、ふと差し込んだ光は暖かく、凍らせたはずの心をそっと溶かし始める
安らぎと名づけた時の中で、たとえ拒もうとも





2011.4.29

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ