ROUGE ET NOIR

□* kapital.06
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空調の効いたザフト本部内は人込みにもかかわらず、少しめ暑さを感じることはなかった
こんなにも人がいて、しかも、慌ただしく行き交っているのに体温を感じることがないなんて、ザフトの冷徹さにも似た冷たさなのか

クルーゼは、ある部屋の前で護衛らしき人と挨拶を交わすと、護衛の方は正真正銘の丁寧な敬礼でクルーゼを部屋へ通した


『失礼致します。ザラ委員長閣下』

『あぁ、クルーゼか…』


議長閣下と呼ばれる男は、一対の唇が動き、クルーゼの傍の少女に視線を移す
ティエルは、それから逃げるようにクルーゼの背にしがみ付き、身を隠した


『随分、臆病者のようだな』


ザフトが全総力をあげて養成した少女がこの有様か…と落胆し、山積みの書類に目を戻した
多額の資金、時間を費やした成果が、彼らの夢の結晶が、こんな臆病で、こんな普通の少女であっていいわけがなかった


『戦線に出してからが彼女の真の力を見れると思いますが…』

『オーラも殺気も感じられず、そこらの小娘よりもかよわそうだがな…』


とパトリック・ザラは怪訝な顔をしたが、クルーゼは


『では、その成果の一端をご覧ください』


と、背に隠れたままのティエルを前に出るように、優しく促し立たせ、そのしなやかな手の指先だけを軽く取った


『ティエル、私の為に少し我慢してくれ』


と囁き終わると同じくして、手の甲に激しい痛みが走り、血と肉が焼ける臭いが鼻をついた。痛みのあまりにティエルは声の限りに叫び、抗うがクルーゼに力ずくで、冷たい床に羽交い締められた。そうこうしているうちに、ティエルの抗うが力が緩み始めると、血は止まり、みるみると傷口がふさがって行く


『ほぉ、我々コーディネーターをも凌駕する治癒能力か…』

『治癒能力は、彼女の長けた能力の一つにしかすぎません。だから、彼女と例の機体をもってすれば…
ラクス嬢の掲げる主義主張は美しい。それを突き通す態度も素晴らしい。その平和的精神はナチュラルとコーディネーターの統合の手本となりましょう。
しかし、我らとて"平和"の為に戦っているのも、また事実。ここにきて、小娘1人に『はい、そうですか』…と従うわけには行きますまい。』

『当たり前だ、あんな小娘に何ができる』

『ですが、あちらには例の少年、ご子息、バルトフェルドなど少数ながらも精鋭人物と、フリーダム、ジャスティス、さらにはエターナルまで手にしています。見過ごすわけには行きますまい』

『クルーゼ、それはお前の失態だろう!』

『はい、申し開きもございません。だかこそ、閣下がご子息を敵に回しても…とご許可くだされば、このティエルと私が必ずや始末して見せましょう。』

『かまわん!』


と唸ると、デスクをバンと拳で叩く音が低く響き渡る。
と同時にティエルが見上げたクルーゼの口端は微かに釣り上がり、艶やかな笑みが浮かんでいるように見えた
当初からクルーゼの言動が偽りだと感じていたティエルだったが、このほくそ笑む姿に確信をし、この偉そうな相手が味方ではないと確信を得た


『では。』

『うむ。真のオペレーション・スピットブレイク、頼んだぞ。』

『間もなくの議長選、クラインの後任は間違いなく閣下でしょうから、準備抜かりなく。』

『うむ。』


2人の会話を興味深そうに聞いていたティエルを抱き上げ部屋を後にするクルーゼの言葉に彼、本来の姿を見た


『せいぜい思い上がれよ、パトリック・ザラ』


明らかに今までの忠誠さはなかった。自身が傷つけたティエルの甲にそっと口付けを落としつつ、クルーゼは囁く


『さて、人の夢の共演だ、相応の舞台を用意しなければ…だな、私だけの姫君は、どんな舞台がお好みかな?』


他の人の口からでれば、ただの煙に巻くような言葉にしか聞こえないような内容でも、クルーゼがこんな風に、ゆっくりと艶やかに語るとき、そこには真実の響きがあるとティエルは感じた


『ラウは何故、本心を隠すの?』

ティエルが問いかけると、クルーゼは困ったような顔をして、ため息をついた


『ティエル、それは君の誤解だ。他者が私を理解しようとしないだけだ』


納得のいかない事の追及を辞めるのは、ティエルの主義に反していたが、なんだかわかったような気がして、それ以上聞かなかった


『痛い思いをさせて済まなかった。お詫びに食事にでも行くとしよう』


本部から出たプラントの空は飽きれる程、高かった。青く澄み渡り、白い雲が幾つかふわりふわりと浮いている。その空の向こうに拡大する戦火がある事が嘘のようだ

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