ROUGE ET NOIR
□* kapital.04
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心在るが故に妬み
心在るが故に喰らい
心在るが故に奪い
心在るが故に傲り
心在るが故に惰(あなど)り
心在るが故に怒り
心在るが故に
お前のすべてを欲する
貴様、クルーゼ隊長の機体で何をしている!
声同様、凛とした張りのあるイザークの髪が揺れた。
『あぁ、イザーク。これは…』
そばにいた技術者に目もくれず、隊長機をいじる赤服を真っ直ぐ見据えたまま、
『貴様に聞いているんじゃない!そこのお前に聞いている!!』
ぴょこっと顔を出したティエルに、イザークは一瞬、怯んだ。
『お、んな…』
イザークの瞳は、すぐに力強さを取り戻したが、本当は逃げ出したいほど怖かった。この時は、そこまで自分の事を理解出来ていなかったイザークだったが、後に、彼がティエルに詰問せず、曖昧なままで許してしまったのは、彼女の力を初対面で感じていたのかもしれない。もしも自分が女に負けたら…。
精一杯毛を逆立てて威嚇する猫のような顔つきで、自分の弱さが表に出ないよう身構えた。
ティエルは、クルクルっと何回か身体を回転させ、ットン! と身軽にコックピットから飛び降りてみせ、威嚇するイザークの髪に手を伸ばしかけた、その時、
パシッ!
乾いた音が響く。
少女の手をイザークが思いっきりはねのけたのだ。
びっくりした様子で跳ね除けられた手を、もう一方の手で摩りながら、少女は目をパチクリさせていた。
『君、私が怖いん?』
『ッ!貴様、何を急に!!』
『じゃ、なんで怯えてんの?』
『怯えてなんかいない!だいたい、先に俺の質問に答えろ!!』
『あー、えーーっと…ラウーーー!』
"ラウ?"
一介のパイロットが何故、クルーゼ隊長を呼び捨てに?しかも、名前で…
イザークは目を見張り、少女の視線の先にいるクルーゼ隊長とこれまた見慣れない男性に目をやった。
ティエルの呼び声とイザーク、あたふたする技術者の様子から、事を察し、クルーゼはアロイスとの話を中断し、ゆっくりと歩み寄ってきた。
『どうかしたかね、ティエル?』
『うんとね、この子がラウの機体になんで乗ってるのかって』
『なるほど、イザーク、紹介が遅れて済まなかった。新しく着任したティエル・ローゼライトだ。エースパイロットが君しかいなくなった今、新たに上が用意した特別な子でね。開発中の新型機のパイロットさ。それが来るまで私の機体を与えたのだよ。』
『…ッ!新型をこいつが?!』
イザークは耳を疑った。
名前も顔もわからない、突如降って湧いた少女に新型機があたえられるなんて…
クルーゼの隣に立つティエルの容姿はあどけない少女だったが、禍々しい黒衣に包まれて行くようなものが見え隠れしていた。
『イザーク1人では頼りない…という訳じゃない。ティエルと新型機を我が隊に配属してくれたのも、期待しているからこそだ。だから、この戦争自体を我々の手で終わらせて見せようと思わないか?』
『は、はい…』
釈然としなかったが、イザークはクルーゼの期待には必ずや応えると言う強い意思を瞳に宿し、サッと敬礼してみせた。
だか、イザークが目にしたクルーゼの顔には、いつもと変わらない表情を読み取れない仮面と、心のうちを表に出さない口元があるだけだった。しかし、今までとは違う唯一の仕草がイザークの心を波立たせた。
今日は何故だか、クルーゼの仕草すべてに対して無関心にぼんやりと眺めている事が出来ない。
クルーゼがティエルの手首をつかみ、グイッと引き寄せ、その指先を顎にあてがった。そして、もい片方の手で頬をすっぽり包み込む。その仕草は、完熟した痛みやすい桃を優しく取り扱うのに似ている。そして、ティエルのくすぐったそうにしながらも、瞳を嬉々と輝かせる。
黒衣を纏い鋭利な鎌をかざす死神の第一印象が一転して、今、目にするティエルは甘い鳴き声をたてる仔猫のようだ。
2人はイザークの苛立ちなど気にも止めず、その場に1人残し、何処かへ消えて行った。
残されたイザークは、ただ拳を握り締め、その場に暫く立ち尽くし、
(俺は、何に苛立っているんだ…)
と、小さな声の囁きを風に乗せた。