Wise Person Story

□4.些細な変化
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◇ミカエル 〜宿にて〜

 カタンっとミカエルはイリーザの隣へと移動し、窓のフチへと座った。バランスを整えてから改めてイリーザを見ると、彼が女性と間違われる理由がよく分かった。
  何か…本当美人だよなぁ。さっき見た時は誰か分かんなかったし…。
………黙ってればいいのに。
ミカエルがイリーザに対して少々失礼なことを思っていると、イリーザがミカエルの頬をフニっと掴んできた。
「!?」
「今、黙ってれば美人≠ニか思ったでしょ」
ミカエルが目をぱちくりさせていると、イリーザは「はぁー」とため息をつきながら言った。
「よく言われるよ。取引先の相手とか俺を女だと思って来た客やらにね。…それに」
と、そこでイリーザはふいに言葉をつまらせてから小さく「オリーちゃんにも…ね」と言った。
そこで二人の間に沈黙が訪れる。
コホンと咳払いをして、気を取りなおしたようにイリーザはミカエルに質問を投げかけた。
「で?ミカエルは何をしようとしてあんなトコにいたの?」
「え?あ、うーん…。なんとなく…かな。ちょっと、嫌なこと考えちゃってさ」
先ほど考えた、嫌なことを思い出し身震いを起こした。
「ふーん…。まぁ、いいや。で何が聞きたい?」
「うんと、じゃあまず…この宿について教えてくれるカナ?」
ミカエルはまず、この宿の秘密について探ることにした。この宿がただの民宿でないことくらいはミカエルも知っていた。だからその、奥の深いトコロ  裏では何が行われているのか  というところが知りたかった。
「君が知っている…というか予測しているのは、せいぜいこの宿がただの宿じゃなくて何かあるってところまでかな?」
イリーザは口の端を吊り上げてさらに続けた。
「確かにこの宿は普通じゃないよ、イロイロとね。まぁそれは明日にしようか」
イリーザが話の腰を折ったのでミカエルは驚いた。そんなミカエルをたしなめるようにイリーザは「明日、見せてあげるから…ね?」と可愛く言い放った。
彼が、「次、次っ!」とせかすので、ミカエルは仕方なく次の質問に移ることにした。
「イリーザって、この街の出身?」
ミカエルは次にイリーザとこの街の関わりについて聞いてみることにした。
イリーザは何も隠さず「うん」と素直にうなずいた。
「じゃ、もうちょっと踏み入ったこと聞くね?イリーザとこの宿、そしてオリガとの関係は?」
ミカエルは少しばかり、イリーザの過去へと踏み込んだ。
よくよく考えると、ミカエルが知るイリーザ個人の情報など微々たるものだった。
  私、イリーザの事よく考えたら知らないや…。あの時も、フラっと現れては私をコッチの世界へ引き込んでいた。
ミカエルをこちらへと引き込んできた男  。彼は自身のことについて語るのだろうか。
ミカエルはそれにも興味があった。
「うーんと…俺とオリガの関係は幼馴染。ここには昔よく来てた。それだけ」
あまりにざっくりしたものだった。
「それ…だけ?」
「うん、それだけ」
ミカエルは唖然とした。そんな訳ないとも思った。だから、イリーザにもっと話をしてもらおうと思ったが、彼があまりにも悲しげな目をして  過去を懐かしんでいるような、あの頃へと戻りたいような、彼が  うつむいていたのでミカエルはそれ以上聞き入ろうとはしなかった。聞き入れなかった。踏み込めなかった。
「そっか…うん分かった!」と言ってミカエルは笑った。
そんな彼女に「ありがとう」と言うイリーザは、とても綺麗で、すぐにでも壊れてしまいそうで  まるで彼とは思えないようで  ミカエルは心をふるわせた。
そんな彼を見た事を彼女は忘れることができなかった。

そして、朝   。
   ……ヤバい、寝不足だわ…。
あの後、ミカエルはイリーザにいくつかの質問をし、イリーザはそれに対する答えを話した。それを終えると二人はそれぞれの部屋へと戻ったのだが、ミカエルは朝方まで寝付けずにいた。何故かは分からなかった。だがミカエルの心の中には昨晩と同じもやつきがまだ残っていた。
そんなもやつきを心に抱えながらも、ミカエルは髪を直し、食堂へと向かった。
アエリスはとっくに起きて食堂の方へと向かっているようだ。
ミカエルは階段を下りながら、昨日のイリーザの言葉を思い出していた。
   今日になれば分かるよ…か…。
ココ  この宿に限ったことではなく  には何かあるとミカエルは確信していた。
決定的な証拠があるわけではない。ただ何となく、そう感じていた。彼女の経験が(まだ十八年しか生きてはいないのだが)そう言わせていた。
食堂に着くと、さすがに朝ということもあってとても賑わっていた。次々と注文の声が飛び交う。
ミカエルもカウンターの方へと向かい注文をすることにした。
この食堂はカウンターで注文をすると、その料理を作ってくれるという仕組みだ。メニューなどは特にないので、客は自由に自分の食べたいものを注文できる。
ミカエルは五つほどあるカウンターの一つに顔をひょこりと出し、「すみませ…ん。何か軽めの食事お願いします」と注文した。
すると、カウンターの少し奥から「あいよー」と聞き覚えのある声が聞こえた。
「お、ミカエルの嬢ちゃん!昨日はよく…寝れなかったみてぇだな。ん、目の下クマできてる」
「えっ?!本当ですか?あちゃー…」
トニアはミカエルに対して気がなく話しかけてきた。
彼はハハッと笑い「少し待ってな」と言ってキッチンの方へと姿を消した。
しばらくするとトニアがトレーを持ってやってきた。
「ほら、ご注文の品だぜ。あんまり重くなんないようにはしといたからな。何か足んなかったりしたら言ってくれ」
そのトレーには、ふっくらしたパンとジャム(おそらく自家製)、サラダに目玉焼き、それにスープ。スープからは温かそうな湯気が立っている。
「おいしそう…」
ミカエルがふと言葉をもらすと、トニアは満足そうに口の端をニッコリと引き上げた。
そしてミカエルをせかすように、「ささっ、早く席について食べてくれ」と言った。
その顔はあまりにも無邪気で、子供じみたものだった。
ミカエルは少しずつ空いてきた食堂の一つの席へと座った。
「いたただきます」と手を合わせて言うとトレーの上の食事に手をつけ始めた。
そのどれもがとても美味たるものであった。
パンはふっくら、ジャムは甘すぎず丁度よく、サラダや目玉焼き・スープにいたっては言葉すら出ないほどだった。
それほど凝った料理というわけでもないのに、確かにそれはミカエルが今まで食べてきたどの宿のものよりも美味だった。
   そういえば…こんなにゆっくり朝食べたのって久しぶりかもしれない…。
ミカエルが残りのスープに手をつけながらそんなことを思っていると、コトンと目の前に美しく切りそろえられた果物が置かれた。
「サービスだ。食べてくれ」
先ほどと同じ笑顔で彼がいた。
ミカエルは「ありがとうございます」と微笑んだ。
「それで…」とトニアがミカエルに問いかけた。
「ミカエル嬢は何をしにこの街へ?」
「あ、えっと、ある人からの仕事を頼まれまして…。ちょっと探し物です。」
嘘は言ってない。ただ、明確なことを言わなかっただけだ。
「ふーん…そうか。じゃ、そのある人ってのは…」
トニアが何かを言おうとしたとき、食堂の入り口から「トニアさーん!時間ッス」というオリガの声が聞こえてきた。
トニアは「おっと、もうこんなか…」というと席から離れた。そして、ミカエルにしか聞こえないような声で、「この続き、聞かせてな」と言った。
トニアがその場を後にすると、タイミングを見計らったかのように「じゃ、俺らも行こうか」と声がかかった。イリーザだ。
本当に彼は神出鬼没である。
その後ミカエルは部屋に戻り、普段着に着替えた。
先に部屋に戻っていたアエリスへのあいさつもそうそうに部屋を出た。

そして、とある路地の裏の裏の裏。
そこにはミカエルには少々考えがたい光景があった。
三人の男。話して、会話しているのは三人。
しかもその内の二人はミカエルが知っている人物だった。
一人はすぐに理解できた。あの金髪は、オリガだ。
だが、もう一人の方はあまりにも変わっていたので最初は分からなかった。
しかし、あの長くてとてもきれいなコバルトグリーンの髪色をした人物など一人しか知らなかった。
「お客さん、そんなこと言われても困るんですよウチも」
その声も朝聞いた優しげなものとはまったく違っていた。
「期限決めてやってるんですから、そこは守ってもらわないと…ね」
しかしそれは、彼は間違いなくトニアだった。
「ねっ。今日になれば分かるって行ったでしょ?」
イリーザは楽しそうに笑った。
「あの宿は…ていうかトニアさんは裏で金貸しの元締めやってる人だからねー。でも、信頼あるし約束さえ守ってくれればイイ人だから」
  なるほど…ねぇ
ミカエルは状況を受け入れた。
正確にいうと、理解した。
そんなことであろうと心のどこかで思っていた結果であろう。
「だから、オリガが裏のヤバイのにはつながってないって言えた訳だ」
「まぁ、これもその一つってとこかな」
彼がいかにこのトニアという人物を信じているのかよく分かった。
一方、そのトニアは客の方の説得が終わったようでオリガと何やら話していた。
すると、オリガがこちらに気がついたようで、「ト、トニアさん」と驚いているようだ。
当のトニアは、一瞬目を丸くしたがすぐにいつもの表情へと戻り、「バレちまったかー。まぁ、イリーザとオリガの知り合いだし大丈夫だろ?」とニコニコ笑っていた。
ただ笑っていた…が、彼の周りを見るとその笑顔がとても恐いものに思えたのだった。
彼の周りにいたのは、地に伏せた十人以上もの男たちだったのだから。
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