Cuore Luna

□第八章 絵描きの心
1ページ/7ページ

しばらく山を登ると、あれほど荒れて降っていたはずの雷雨はすぐに止んだ。山の外に出たのだろう。雨の代わりに、微かに霧がかっている。
ヒスイがコハクを背負いながらブランジュに向かう道中、殿を務めていたイネスが口を開いた。

「守護機士クロアセラフ……あれが結晶界の戦闘兵器のパワーなのね」
「結晶界の戦闘兵器……」

共に一行の最後尾を歩いていたシングが繰り返して呟く。
イネスの隣を歩いていたクンツァイトは普段通りの仏頂面で頷き、話し始めた。

「肯定。我々機械人には、使用目的によって六つのクラスが存在する。まず、ナンバーズと呼ばれる単純作業タイプのU〜]型。そして、自分の属する汎用ジャック型。思念術能力に特別なチューンを加えたインカローズたちクイーン型。人の形を取らないキング型。コランダームのように研究・管理に性能を強化したジョーカー型」
「インカローズ……コランダーム?」

タンジェリーナが首を傾げていると、イネスが説明を加えてくれた。
インカローズは、クリードの思念演説の際に、街道でゼロムの犠牲になる直前の家族の前に姿を現した、赤いローブの女。
そしてコランダームは、その演説でコマに乗って回転していた縦ロール髪の少女のことらしい。

「そして最後に、純粋に戦闘目的のみで開発されたクロアセラフたちエース型だ」
「戦闘目的……」

タンジェリーナは複雑そうな表情で呟いた。クロアセラフは――彼の能力のことを考えれば敗北しても仕方ないはずだが――タンジェリーナに少なからず屈辱を与えていたのだ。

「汎用型の自分が、戦闘型のクロアセラフを撃退するなど、スペック的には絶対に不可能だ……」

クンツァイトの言葉に、シングは明るさ満点の表情で言った。

「そんなことないさ! だって、クンツァイトには……手が余分にあるじゃないか!」
「……え?」

タンジェリーナは、その大きな目を思わず目を丸くしていた。
確かにクンツァイトには、自身の両手に装備する小型の剣と、背から伸びる二本で対になるソーマの計四本の『手』がある。だから、手数は普通よりも多いのだが……。
タンジェリーナと同じことを考えたのだろう、クンツァイトも不思議そうに言う。

「手が余分に…? 理解不能。確かにソーマの腕はあるが、その程度でクロアセラフとの性能差は……」

そこへ、得心したようにイネスが割って入ってきた。

「ううん。シングが言いたいのは、あなたに余分にある『手』は『私たち』ってことよ」
「え……」

色んな意味でますます困惑してしまうタンジェリーナ。
そんな彼女にお構いなく、イネスは微笑みを浮かべて話を進める。

「クンツァイト。あなたが助けを必要とするときは、私たち、いつでも『手』を貸すわ。たとえ敵が、結晶界最強の戦闘兵器であっても。そうよね、シング?」
「あ? え?」

突然向けられた言葉に、シングは目を丸くする。
それから、その茶色の髪をカリカリと掻きながら苦笑いして、ゴニョゴニョと呟いた。

「いや、オレはそこまで深く考えてなか……」

クンツァイトは、シングの言葉が聞こえていないのか、そのまま小さく頷いた。

「……了解だ。今の言葉、自分のメモリーに強く記録する」
「…………」

シングは困ったような顔でタンジェリーナの方を見た。
そして、バッチリと目が合い、二人は苦笑いした。

「あ……あは、はは」
「ふふ……」




ベリルの案内に従って山道を進み、だいぶ上に来たところで、タンジェリーナは一瞬絶句した。

「わあ……!」

下の方を見下ろすと、そこには、雲海が広がって見えたのだ。タンジェリーナだけでなく、ベリル以外の一同も、初めて雲海を見て言葉を失っていた。
タンジェリーナの場合、仕事で通って来た道は大体低く通りやすいものばかりなので、これほど高い山には登ったことがなかった。ヘンゼラの近くにあるグリム山――山頂からの眺めは絶景であるものの、地盤が脆いゆえにしばしば崩れる山だ――も、これほどではないはずだ。

圧倒的な風景の中、さらに歩みを進めると――雲海の隙間に、村と思しきものが見えてきた。

「……あれが、ブランジュですか?」

タンジェリーナの問いに、ベリルは複雑そうな面持ちで頷いた。
それは、本当に数年ぶりに故郷に帰ってきた人間の表情か、と疑わしくなるようなものだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ