Cuore Luna
□第一章 信頼のスピリア
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「タンジェリーナ・ジャスティスと申します。ギルドの荷の護衛などをしている者です。お見知りおきください」
イネス以外の一行の自己紹介の後、タンジェリーナも名乗って丁寧に一礼した。
実はタンジェリーナとガラドは初対面ではないのだが、そのことに関してはお互いあえて何も言わなかった。
「あの、ところで、タンジェリーナさんの……」
口を開きかけたシングを、タンジェリーナは微笑みを浮かべてやんわりと制す。
「リーナ、と呼んでくださって構いませんよ」
「えと……リーナの肩の鎧って、カルセドニーのソーマに似てるなって思って」
シングは言いながら、肩と胸を覆う鎧をまとった少年――カルセドニー・アーカムを見た。
「はい。私のこのソーマは、アマゾナイトというのですが……カルセドニーさんのソーマ・バルハイトの試作品だと聞いています」
「アマゾナイト……進むべき方向を示す石の名を冠したソーマか」
カルセドニーが誰にともなく呟く。
ちょうどそのとき、「もうすぐリグナトル駐屯地に着くよ」と、サンゴが操舵室から顔を出して言った。
「そろそろ、オレたちも荷物の中に隠れよう」
シングの言葉に、べリルが気分悪そうに――船酔いしているせいでもあるが――呟いた。
「うう……こんなベタな方法で見つからないかな……?」
「大丈夫だよ。聖都でも、この手でクンツァイトを忍び込ませたじゃないか」
シングは得意気に言って笑う。
(聖都プランスール、か)
湖上の都シャルロウと同様に美しい街と称えられる、バレイア教会の本拠地である聖都。
そこも、タンジェリーナにとってあまり近付きたくない場所である。
シングの言葉を聞いて、イネスはかぶりを振った。
「特務は、教会ほど甘くはないわ。全ての搬入物資は、スピリアに反応する思念石で調べられるはず」
カルセドニーは、隣に置かれていた荷物の木箱を見た。
「なら、荷物に身を隠しても発見されるのではないか?」
「ええ。生き物なら、ネズミ一匹見逃さないでしょうね。だから……」
イネスは一旦そこで言葉を区切る。
そして続きは、ポケットから包み紙を取り出してから述べた。
「この『睡命湯』で仮死状態になって、一時的にスピリアの動きを止めないといけない」
ガラドが、サングラスの奥の目を微かに細めた。
「仮死状態になってスピリアを止める? つまり、『睡命湯』は……」
「そう、毒薬よ」
イネスは小さく包みを振り、そっと開封して告げた。
「量を誤れば、二度と目を覚ますことはないわ」
「…………」
イネスは包みの中身の分量を量り、慎重に七人分に分け始める。タンジェリーナは静かにイネスを見ていた。
職業柄、時には薬を使うこともある。だから、タンジェリーナには多少とも薬の心得があった。
そのタンジェリーナから見た感じでは、イネスが分けた薬の分量は適切だった。なので、止めようとはしなかったのである。
「あなたたちを裏切っていた私を信じるのはムリかもしれない。でも、潜入の方法はこれしかないの」
分けた薬をシングたちに手渡しながら、イネスが覚悟と緊張の混ざった面持ちで言う。
「まず私がこれを飲む。……後の判断は、あなたたちに任せるわ」
しかし、シングは――イネスが言い終えるより早く、薬を飲み込んだ。
(!)
タンジェリーナは、内心驚いた。
「判断なんて、とっくにしてるよ」
そう言ったシングの表情は、屈託のない明るい笑顔だった。
「ったく、『毒を食らわば皿まで』……いや、『毒まで』か」
コハクの兄である、ダブルボウガン型ソーマを持った青年――ヒスイ・ハーツも、そう言ってすぐに薬を飲み込んだ。
「『胸の大きな美人は信用しろ』ってのも付け加えなきゃな」
「正直、気は進まないが、コハクのスピルーンのためか……」
ガラドとカルセドニーも、続いて薬を飲む。
一方、瑠璃色の装甲の機械人――クンツァイトは、
「……まずい。こんな物を使用せねば機能を制御できぬとは、人間は不便だな」
と言って、イネスに薬を返した。そして淡々と、「三十秒後に全機能を時限停止。オマエたちが復活しない場合、自分は単独での救出行動に移る」と告げた。
それから、全員の視線が一斉にベリルに向く。
「なに、その視線!? ボクも飲むよ! クンツァイトがまずいって言うから、ちょっと尻込みしただけで……」
ベリルは慌てて釈明しようとするものの、ヒスイとカルセドニーが向けてくるジト目が変わらない。ガラドとタンジェリーナは苦笑いを浮かべている。
「わ、わかったよッ! 飲めばいいんだろ!!」
やけっぱちに叫ぶと、ベリルはようやく薬を飲み込んだ。