Cuore Luna

□第四章 タンジェリーナの交流
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帝都に急ぎ足で向かいながら、タンジェリーナはリチアから二千年前に起きた事を聞いていた。


「結晶人は高度で豊かな思念術文明を築いていました。しかし、豊かすぎる生活はスピリアを腐敗させ、戦争を引き起こしたのです。繰り返される思念戦争の中で、ゼロムは兵器として生み出されました……」
「古代人が生み出した、兵器……」

タンジェリーナの呟きに、リチアは小さく頷いた。そして、話を続ける。

「ゼロムは人のスピリアを吸収し、その力で進化する生物兵器です。だから結晶人たちは、より強力なゼロムを求め、原始的ながらも力にあふれた原界人のスピリアを利用し始めました。結晶人は原界を侵略し、原界人をゼロムが進化するための素材として管理・支配したのです」
「…………」

思うことは多々あったが、それをリチアに言っても仕方がないので、タンジェリーナは黙って話を聞いていた。

「ですが、結晶人にも平和を望む者も多くいたのです。結晶人と原界人の共存を求め、スピリアを繋ぐ力……ソーマとサンドリオンを創りあげたのが、私の姉――フローラ・スポデューンでした」

リチアは哀しそうに目を伏せた。長い睫毛が、リチアの顔に影を落とす。

「クリードもまた、争いのない世界を願ったからこそ、黒い月――ガルデニアを創りました。ガルデニアは全ゼロムを支配するゼロムの女王で、スピリアの遠隔吸収を可能としています」
「黒い月が、ゼロムの女王? にわかには信じがたいですが……」

リチアはひどく辛そうに、続きを語った。

「『白い月』が、二千年前に私とクリードが発動させたガルデニアによって白化させてしまった世界――結晶界であることが、何よりの証拠です」
「…………!」

リチアの言葉からは、痛いほどに強い罪悪感と悲しみを感じ取れる。

「結晶人のスピリアから争いの種だけを吸収する計画でした……。ですがガルデニアは容赦なく、六十億の結晶人のスピリアを吸収してしまった……」
「……それで、結晶界は白化をしてしまったのですね」
「はい。そして、私はサンドリオンを使って外側から、フローラ姉さまはガルデニアに残って内側から、ガルデニアを封印しました。クリードは、フローラ姉さまと結晶人のスピリアが……ガルデニアの中で未だ生きていると信じています」
「クリードさんは、フローラさんと結晶界が大事なんですね。だから、ガルデニアの再起動をしようと……」

リチアは晴れない表情のまま頷いた。

「ええ。ですが……私は知っています。ガルデニアはスピリアを吸収し、喰らい尽くすのです。ですから、ガルデニアにスピリアは残っていない……」

リチアの、髪と同じく美しいエメラルドの瞳が、大きく揺れた。

「この過ちを繰り返さないため、私は自分もろともクリードを封印しようとしました。しかし、クリードが同時に術を放ったため、互いの肉体からスピリアを弾き出しただけでした。クリードと私は、原界人のスピリアの片隅に宿り、何十世代も転移を繰り返しながら、ガルデニアの封印を巡って戦い続けてきたのです」

リチアの話が終わり、タンジェリーナは思わず呟いた。

「クリードとガルデニアを止め、原界を守る。それが、二千年を生きるあなたの『使命』……」
「そういうことに、なりますね。本当は、『大罪人の取るべき責任』、というべきですが」
「………………」

タンジェリーナは黙り込む。
ややあって、タンジェリーナはリチアだけに届くくらいの、シングたちに聞かれないほどの小声で言った。

「あなたの目からは、命に代えても『使命』を成そうという意志を感じられます。……いえ、違いますね」
「…………?」

リチアは焦りを押し隠しているような、誤魔化しきれていない微妙な表情を浮かべる。
それを見てタンジェリーナは確信しながらも、あえて続けた。

「本当は――『使命』を成すには、命を引き換えなくてはならない、のでしょう?」
「っ…………」

リチアが微かに息を呑んだのが、タンジェリーナには分かった。
リチアは力なくかぶりを振って言う。

「……誰にも言わないでください。この事を知っているのは、ヒスイとクンツァイト、そしてあなただけです」
「はい……約束します。私は『使命』のために戦う人には弱いんです」

タンジェリーナは苦笑して頷いた。
そこで、二人の会話は途切れた。

前方には、帝都全体を囲う城壁が見えていた。
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