Cuore Luna

□第六章 雷鳴山の悲劇 前編
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北マーキス港を出て南東に進むと、雪のない地帯に入った。
そしてその先には、木々があまり見当たらない山がそびえて立っていた。
火事があったかのように黒く焼けた木が何本か立っていたり、壊れかけの吊り橋が遠くに見えたりして、何とも通るのが億劫な場所に見受けられる。
その山の麓で、シングが小さな看板を見つけ、それに駆け寄った。

「何だろう、これ。何か書いてある」

看板に書かれている内容を、イネスは読み上げる。

「『これより雷鳴山ブレーメ。峻厳万丈の峰と奈落千尋の谷が連なりし天下の険。無量の豪雨が体を溶かし、無情の雷撃が命を焼き尽くす、人外魔境の地なり。越えられるは万人に一人。旅人よ、その身をいとえ。引き返すなら今』」
「つまり、『命の保証はできないから帰れ』……ってことか」

そう要約したのはガラドだった。

「危なそうな所には思えないけどねぇ」

空を見上げて、ペリドットが呟く。空は今、快晴だった。
ベリルは近くにあった石碑を見て、必死に訴える。

「ほ、ほら! この石碑を見てよ! 一年で三百六十四人が落雷で亡くなったって書いてあるだろ! その殆どがこの時期に亡くなるんだよぉ!」

この辺り出身の人間ならではの発言である。
しかし、シングは楽観的だった。

「でも、今日は大丈夫だよ。ほら、天気だってこんなに良いし」

リチアもすぐにこう言った。

「時間がありません。天気がもっている内に、一気に越えましょう」

一行が急いでいる理由は、サンドリオンが転送術を使ってガルデニアに飛んでしまうことを阻止するためだ。
今のサンドリオンは転送術の発動に必要な思念を集めている。しかし、術を発動させてガルデニアに飛んでしまったら――もう、手の施しようがないのだ。

しかし、ベリルが頬を膨らませて言う。

「山を舐めるなよぉ〜! 山の天気は、乙女心より変わりやすいんだぞぉ!」
「……?」

ふと、何かに気付いたようにタンジェリーナは顔を上げた。
綺麗に晴れ渡っていたはずの空が、黒い雲で覆われ始めていたのだ。

(え?)

そして次の瞬間、ドッと雨が降り出した。しかも、遠くでは雷の落ちる音も聞こえる。
一行は目を見開いた。

「!!」
「うわ〜ん、ほらほらぁ! ボクの言った通りだろぉ!」

喚くベリルを、ヒスイが叱咤する。

「ソーマ使いが雷なんかにビビんじゃねぇ! 行くぞッ!」
「…………」

タンジェリーナは、ヒスイの変化に薄々とだが気付いていた。
ヒスイの目からは、『使命』を為そうという意志を感じられるのだ。その光は、ヘンゼラ付近で会った時にはなかった。

(あの後、ヒスイさんに何かあったのでしょうか……?)

タンジェリーナは思わず考えてしまう。

彼を変えた要因として考えられるのは――リチアの存在だ。

『……誰にも言わないでください。この事を知っているのは、ヒスイとクンツァイト、そしてあなただけです』

タンジェリーナがリチアの覚悟と使命を知った時、リチアはそう言っていた。
クンツァイトはリチアに仕えている身だ。だから、リチアの内心を知っていても不思議ではない。

しかし、何故ヒスイがそれを知っている?
人の様子から内心を悟るのに長けたイネスやガラドは知らないのに、無骨な――もちろん、優しい面もあるが――ヒスイが、どうして押し隠したリチアの内心に気付けたのだろうか?

タンジェリーナが思うに、出会った当初のリチアをヒスイが快く思っていなかったことが起因しているだろう。
直接聞いたわけではないが、リチアはヒスイ的に言うと「大事な妹コハクのスピリアに居座り続けていた」のだから、ヒスイがそう感じても不思議はない。

ヒスイがリチアに向ける敵意の理由が分かっていたからこそ、リチアはヒスイに自分の『使命』を打ち明けたのかもしれない。
「大事な妹コハクのスピリアに居座り続け」なくてはならなかった理由が、リチアの『使命』のためなのだから。
そして、その重い内心を知って、ヒスイの気持ちが大きく変わったのかもしれない。
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