Cuore Luna

□第六章 雷鳴山の悲劇 前編
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とはいえ、その頼もしいヒスイも、立て続けに落ちる雷の音に耐えられなかったようだ。
起伏の激しい、雨が降り注ぐ道の途中で、大声で喚く。

「あ〜〜〜、ざけんなッ! うるさすぎだぞ、この雷野郎ッ!」

その時――人の形をした瑠璃色の『何か』が、空から降ってきた。
『何か』はガシャンッ、と盛大に音を立てて、道の先にあった広い水溜まり――窪地ができていて、そこに雨水が溜まっているらしい――に落下した。
突然の出来事に、ペリドットが驚いて声を上げる。

「な、何だぁ!?」

『何か』の正体に最初に気付いたのは、リチアとタンジェリーナだった。

「あれは……クンツァイト!?」
「! クンツァイトさん!?」

二人が言った通り、その『何か』は――サンドリオン以降行方不明だったクンツァイトだった。
リチアとヒスイがクンツァイトに駆け寄ったとき――また空から人が降ってきた。

(!?)

タンジェリーナは何となく嫌な予感がして、ソーマを手にした。
次に現れたその人物――どうやら男のようだ――は綺麗に着地すると、ゆっくりと立ち上がった。着地の衝撃で、男の周囲の地面には亀裂が入り、窪んでしまっている。

「ダメだよ、リチア。ボクのクンツァイトに勝手に近付かないでおくれ」

顔を上げた男は、不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

「ッ!!」

タンジェリーナを含む一行は息を呑んだ。その男に見覚えがあったのだ。
タンジェリーナが、それを代弁するように小さく叫ぶ。

「この人、思念演説の時に、クリードさんと一緒にいた……!」

一行はサッとソーマを構えた。
原界中を混乱に陥れたクリードの、あの演説。その際にクリードの側に控えていた、両腕に緑の刃を装備した男。
一行の目の前にいるのは、まさしくその人物だったのだ。

「クロアセラフ……フローラ姉さまの守護機士がなぜ!?」

男――クロアセラフは、リチアの言葉を聞いて手をひらひらと振った。

「守護機士……か。僕はもう、そんな奴隷の立場から解放されたんだ。キミがガルデニアと共にフローラを封印してくれたおかげで、ね」
「!」

リチアは息を呑んだのが分かった。
フローラを封印することになったのは、リチアたちがガルデニアを発動させたためだ。リチアの心の傷――リチア自身は決して目を逸らしはしないだろうが――を、クロアセラフは言葉で遠まわしに抉ったのである。
同時にタンジェリーナは、クロアセラフの発言から冷静に分析していた。

(……主と、守護機士。それは必ずしも、リチアさんとクンツァイトとさんのような関係ではないようですね)

リチアの反応をそれなりに良く感じたのか、クロアセラフは楽しげに言葉を続ける。

「リチア、キミには感謝してるんだ。でも、僕のお願いを聞いてくれたら、もっともっと感謝するよ」
「ッ…………」

タンジェリーナは、雨水とは違うひどく冷たいものが背筋を流れ落ちていくのを感じた。
クロアセラフの口調は、機械人であるゆえにやはり淡々としている。なのに、その奥では熱を帯びているように感じられるのだ。

例えるなら、回復術や人の体温のような心地良い温かさではなく――物に対する情熱、それを通り越した歪んだ執着のような、そんな嫌な熱だ。

「お願いだよ、リチア。……僕にキミの首を狩らせてくれ!」

言いきった時には、クロアセラフは一行との間を詰めていた。

「!!」

反応が間に合わず、リチアを守るように前に立っていたシングとコハクはあっけなく吹き飛ばされた。

「ぐあっ!!」「きゃあっ!?」

クロアセラフは間髪を置かずにリチアに斬りかかる。
しかし、怪しく光る緑の刃の攻撃を、イネスがソーマで受け止めた。
その後ろで、タンジェリーナもソーマの弓を引き絞っていた。得意技であり、必殺の一撃でもある光属性の攻撃を準備していたのだ。あの技――浜木綿は、引き絞っていた分だけ威力と攻撃範囲が増すようになっている。

「へぇ、原界人の分際で僕の攻撃を受け止めるなんてスゴいや!」

感心したように言いつつ、クロアセラフは微かに首を傾げた。それから、何かに気付いたように言う。

「……ああ? いや、違う違う。小汚い肉が飛び散るのが嫌で、出力を抑えていたんだっけ」

クロアセラフは目を細めると、合図するように呟いた。


「出力調整、解除!」


次の瞬間、クロアセラフの周囲に激しい闘気が生じ始めた。風が吹いて、ビリビリと空気が震える。気を緩めれば、吹き飛ばされてしまいそうだ。
ゆえに、タンジェリーナは強制的に構えを解くことになった。もはや、翼を出すこともままならない状態だ。

「く、う……!」
「ううッ……何だ、この力は!?」

カルセドニーが叫ぶと同時に、闘気が一気に強まった。そして、烈風と化した闘気が一行を大きく吹き飛ばした。
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