Cuore Luna

□第七章 雷鳴山の悲劇 後編
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シングは不意に、何かに気付いたように顔を上げた。そして呟く。

「何だ……? 歌が……聞こえる!?」

シングの言葉を聞いて、コハクは耳を澄ませる。
雨音に紛れて聞こえてくるその歌。触れただけで壊れてしまいそうなのに、温かで全てを包み込みそうな歌。
その歌に、コハクは聞き覚えがあった。

「この歌は……」

コハクを先頭に、シングたちは歌が聞こえる方向に向かう。
すると、川を挟んだ向かいの小さな陸に、リチアたちがいた。木の下で座り、リチアが歌っている。ヒスイも、その歌に小声で重ねて歌っていた。クンツァイトは、黙ってその歌に聞き入っている。


「夜の森を駆け抜けて見に行こう、地の果てを。胸の水晶、ふたりを照らす。ケンカもするけど、目覚めたら仲直り。頬をひとなで、今はおやすみ」


ベリルが真っ先に声を上げた。

「いた、ヒスイたちだ! 心配させておいて、呑気に歌なんか歌ってるよぉ」

ヒスイはハッとして、シングたちに顔を向ける。そして、たちまちその顔が真っ赤になった。

「う、うるせぇよ! さっさとここから助けろ!!」

勢いよく立ち上がりながら、ヒスイは怒鳴った。
ガラドは目の前を流れる川に目を向けて、頭を掻きながら応じる。

「だがなぁ、助けようにもこの激流じゃ、どうすりゃ良いのか……」
「リーナ……リーナはどうしたの?」

イネスがヒスイたちに問いかける。

「リーナは、すぐ流されてしまって……。私の責任です」

罪悪を感じているのだろう、リチアは表情を曇らせて答えた。

「そう……。でも、リチアは悪くないわ。この激流じゃ仕方ないもの。それに、リーナならきっと大丈夫よ」

辺りを見回していたバイロクスが、カルセドニーに向き直って進言する。

「ここは、カルさまが一人ずつ抱えて飛ぶしかなさそうですが……」
「やれやれ……仕方ないな」

そう答えたカルセドニーの表情は、明らかに乗り気ではなかった。
カルセドニーが渋々と翼を広げようとしたとき、ガラドがハッとして表情を変えた。

「……!? 待て!」
「!」

ガラドの呼びかけの理由は、次の瞬間にはこの場にいる全員が理解していた。
ここからあまり離れてないところから、刃物同士がぶつかるような金属音や硬い何かが砕けるような音が聞こえてきたのだ。音は徐々にこちらに近付いてきている。

「何だ?」

川の向こう側の三人にも聞こえているらしく、ヒスイが辺りを見回していた。
金属音は殆ど絶え間なく飛んでくる。たまに止んだと思えば、今度は破砕音が轟く。そして金属音が再び立て続けに飛ぶ。その繰り返しだ。

「まさか……」

ガラドが空を仰いで呟いた。

その時――ひときわ強い金属音が鳴り響いた。
そして直後に、ドシャッ、と何かが地面に落ちたらしい音が聞こえた。その音がしたのは、ここから近くだ。
音がした方を見ると――そこに、人が倒れているのが見えた。

「!?」
「やっぱりか!」

驚き息を呑むシングたちをその場に置いて、ガラドがその人物にすかさず駆け寄った。そして、体を起こさずに声をかける。

「おい、しっかりしろ! リーナ嬢ちゃん!!」

気を失いかけていたらしいその人物――タンジェリーナは、うっすらと目を開けた。

「……ぁ……ガラド、さん……?」
「ッ……!」

ガラドは、今度こそ息を呑んだ。
普段なら汚れひとつ付いていないタンジェリーナの服の広範囲に、血が染み付いていた。雨水で滲んだだけではない。本当に体のいたる所を攻撃されたのだ。傷は、よく見るまでもなく刀傷だった。雨水も手伝って、血溜まりが広がっていく。

あの時――四年前に初めてタンジェリーナと会った時と、この状況はそっくりだった。
同じと言い切れないのは――その時以上に、タンジェリーナは凄惨な有り様だったためだ。

「リーナ、リーナ……――っ!!?」

ただ事ではないと駆け寄ってきたコハクも、息を呑んで口元に手をやった。表情がみるみる青ざめる。一緒にやって来たベリルも、思わず大声を上げた。

「ひぇえええ!! あ、あのリーナをこんな風にするなんて、一体誰が……!」
「……!」

タンジェリーナは突然ハッとして目を見開くと、翼を使って飛び起きた。まるで、自身の傷に気付いていないかのように。

「リーナ!?」
「何してんのさ、リーナ!」
「そうだぞ! 怪我人は大人しく寝てな!」

コハクとベリル、遅れて駆け付けたペリドットが思わず止めようと声をかけるが、タンジェリーナは構わずソーマの弓を構えた。

「皆さん、気を付けてください!」
「!?」

タンジェリーナが叫んだとき、雨音に混じって空から声が聞こえた。


「困ってたみたいだね? じゃあ、僕が助けてあげるよ」


直後――ヒスイたちがいる小さな陸にあった一本の木が、根元から切り倒された。
木はシングたちがいる陸側に倒れ込み、ヒスイたちがいる小さな陸とを繋げた。

「!!」

タンジェリーナ以外の一行は、突然の出来事に目を見開いた。
そして、残った切り株の隣にいつの間にか立っていたのは、クロアセラフだった。

「ついでに、この世の苦しみ――クリードの恐怖からもまとめてね!」

クロアセラフは、あの薄笑いを浮かべて楽しそうに言った。

「化物め……!」

イネスは、怒りを露わにした表情で思わずそう漏らす。タンジェリーナをこの有り様にしたのがクロアセラフであることは明白であったからだ。その刃に、体に、未だ雨水に流されずに血がこびり付いていた。
先ほどまでのあの破砕音も、おそらタンジェリーナの弓の攻撃が躱され、岩に激突した音だったのだ。

「そんな風に言わないでよ。世界ひとつを皆殺しにしたその女の方が、よっぽど化物だろ?」

クロアセラフはリチアの方を顎でしゃくって、蔑んで言う。それから、こう付け加えた。

「ま、そこの血塗れの女も、化物みたいにしぶとくて強かったけどね。つい本気で叩きのめしてしまったよ」
「…………」

タンジェリーナはだんまりを貫き、ただクロアセラフを見据えていた。腕と言わず足と言わず、あらゆる所から血が流れ滴る。
クロアセラフはすでにタンジェリーナに興味がなくなったのか、リチアとクンツァイトだけを見て告げた。

「リチアみたいな罪人に、クンツァイトが仕える価値なんてあるもんか。僕が罰を与えてやる……断末魔の絶叫がクンツァイトの魂を解き放つよう、とびっきり愉快にね!」

クンツァイトはリチアを背にソーマを構えると、川の向こうにいるシングたちに叫んだ。

「要請する! 否……頼む、みんな! リチアさまを守るため、自分に力を貸してくれッ!!」

クンツァイトとクロアセラフが、同時に地を蹴って跳躍する。
そして、空中で激しい金属音が再び鳴り響いた。
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