Cuore Luna

□第八章 絵描きの心
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タンジェリーナが今まで聞いた情報によると、ブランジュという村は絵の具で有名な場所だった。帝都に運ばれる荷――北大陸から来た、絵の具などが入っているもの――の中に、ブランジュ産と書かれたものが度々あったのだ。
以前皇帝に召し抱えられていた宮廷画家も、ブランジュの生まれだと噂で耳にしていた。
そして今、村の入り口に立つタンジェリーナは、それは本当だったのだろう、と感じていた。


一行の目の前には、淡い黄土色の山肌が露わになっている。その一部分は削られて白くなっているのだが――その削れた部分には、風景画が描かれていたのだ。
その絵を見上げ、ヒスイが声を上げた。

「すげぇ壁画だ……この絵は、シャルロウの街か?」
「そのようですね」

そう応えたタンジェリーナも、驚いたように絵を見ていた。
湖上の美しいあの街が色鮮やかに、しかし奇抜ではなく繊細に、白っぽい岩の上に描かれていたのだ。
ベリルは何ということもなさげに淡々と、描かれたシャルロウの街を見つめて言う。

「この辺りの岩は、削ると絵を描くのにすごく良い画材になるから『キャンパス岩』って呼ばれてるんだ。近くの山からは、絵の具の材料になる良い顔料も採れるんだよ」
「へぇ、ここに住めば絵を描きたい放題だな」
「…………」

シングの言葉に、ベリルは何も応えない。見つめていた絵からフッと目を逸らし、一行に背を向けて俯く。
ややあってベリルは、半ば諦めたような――大事なものを手放してしまったことを後悔する響きを持つような――声で、寂しげに小さく呟いた。

「でもさ、こんなところでいくら絵を描いても、ムダなんだよ……」
(…………?)

彼女らしからぬ様子にタンジェリーナが首を傾げたとき、村の奥の方から声がした。

「ベリル? ベリルなのかい!?」
「!」

ベリルが弾かれたように顔を上げた先には、一人の年老いた女性がいた。
顔を見て確信したらしいその老女は、嬉しそうな表情でベリルに歩み寄った。

「ああ、ベリル! 帰ってきたんだねぇ!」

そう言って老女は、ベリルに抱きついた。年齢のわりに背の低いベリルよりも、ずっと小さな体だ。
抱きつかれたベリルは、困ったような、しかし嫌というわけではなさそうな表情で声を上げる。

「く、苦しいよぉ! グランマ〜!」

「グランマ?」とシングが呟くのが聞こえたので、タンジェリーナは彼に「『お祖母さん』という意味です」と説明した。

「……ということは、この方、ベリルのお祖母さまね?」

イネスがそう言ったとき、ヒスイに背負われたままのコハクの口から苦しげな息が漏れた。

「はぁ、はぁ……」

その様子に、クンツァイトがハッとする。

「警告、コハクの容態が悪化している!」

すると、ベリルに抱きついていた祖母――へリオが、パッとベリルから離れてコハクの方を見た。

「ありゃ、大変! 具合の悪い子がおるのかね!? すぐに手当てしないといかんね」
「グランマは昔、救護院で働いてたんだ。ボクの家でコハクを診てもらおう!」

こうして一行は、ベリルを先頭に雲上の村・ブランジュに足を踏み入れた。
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