Cuore Luna

□第九章 巨匠たちの想い
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お山の西側――リチアとヘリオがいる場所まで戻ると、一行は皆集まっていた。各々の役目が終わったのだろう。
シングに連れてこられたベリルも、心配そうな、悲しげな表情でヘリオを見ていた。

今、コハクがヘリオにスピルリンクしているという。
数秒後、ヘリオのスピリアに入り込んでいたコハクがリンクアウトして出てきた。

「ダメ……お祖母さんにもゼロムは取り憑いてないよ」

かぶりを振りながら、コハクはそう告げた。

「グランマぁ……返事をしてよぉ……」

物言わぬヘリオに抱きついて、ベリルが泣きじゃくる。
無理もないだろう、両親を亡くした彼女を育てたのは他でもない、ヘリオなのだから。

「ベリル。ゼロムが隠れていそうな場所に心当たりはないか?」

ベリルの小さな肩に手を置き、ガラドが問いかける。

「今頼りになるのは、この村に詳しいベリルだけなんだ」

シングがベリルにそう言った中、一行内では真剣に議論が行われている。

「しかし、既に村人全員のスピリアは探査したはずだ」
「実体化ゼロムの姿もなかったよ」
「どこか見落としているのかも!? 動物のスピリアとか……」
「羊たちのスピリアも全部調べたぜ?」
「じゃあ、何か他のスピリアだよ!」
「『他のスピリア』……? 人や動物以外がデスピル病の原因になるなど、聞いたことはないが……」
「…………」

タンジェリーナは飛び交う意見を聞きながら、ある一つの可能性を考えていた。
しかし、実際にそれを口にするのは、この状況とはいえ躊躇われた。
だからタンジェリーナは、その可能性を挙げられるただ一人の人物――ベリルを、さり気なくじっと見つめていた。
すると――気付いたわけではないのだろうが――ベリルが顔を上げ、口を開いた。


「……あるよ。この村には……人や動物以外にも、大きなスピリアを宿した『もの』があるんだ!」


それを聞いて、ヒスイとリチアが怪訝そうな顔をする。

「人間でも動物でもねぇ『もの』にスピリアが宿る? そんなこと、ホントにあるのか?」
「確かに、スピリアは万物に宿る可能性がありますが……」

ベリルは家の方角に顔を向けた。

「心当たりがあるんだ! あの奥の部屋……」
(……!)

ベリルの言葉に、タンジェリーナはやはり、と思った。タンジェリーナが先ほどから考えていた可能性は、あの『ガラクタ置場』だったのだ。深い理由はないが、直感で感じていた。

「ボクの家には、秘密のアトリエがあるんだ! ほら、早く急いで!」

ベリルを先頭に、一行は彼女の家へと駆けだした。
    

  
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ベリルの家に戻ってくると、ベリルは真っ先にあの『ガラクタ置場』、もとい『秘密のアトリエ』の扉の前に立った。

「…………」

ベリルは扉の取っ手に手をかけ、暫しの間、複雑そうな面持ちで扉を見つめた。それから、意を決したように扉をゆっくりと押し開いた。
タンジェリーナには、その動作がひどく重たげに見えた。



部屋に足を踏み入れた一行は、そこに広がっていた光景に息を呑んだ。
部屋の中には、いろんな絵が描かれたキャンバスがいくつも置いてあった。筆も床に散らばっている。
しかし、何よりも目を引いたのは――正面の壁一面に描かれていた絵だ。この世のものとは思えない美しさの絵だったのだ。
それは、空と雲と大地が描かれた絵だった。柔らかに、しかし明瞭に、雲は描かれている。空は、本物のそれのように、どこまでも高く広がっているように見える。雲による明暗の具合も絶妙で、非の打ちどころがない。全体的にエメラルド色で色付いた、神秘的なこの絵からは――なぜだろう、不思議と温かさを感じられた。


「……なんて、キレイな絵」


絞り出すようにコハクが呟いたことで、一行は我に返った。絵に見入っていることに気付かなかったのだ。

「山の上の景色だ……。これもアラゴ師匠が描いたのか?」

シングの問いに、ベリルはかぶりを振って俯きがちに答えた。

「違う。これは、あいつ……シンハラ・ベニトの最後の絵だよ。ボクが赤ん坊の頃、家族を捨てたあいつがふらっと帰ってきて、無言でこの絵を描き上げたんだ。あいつは、その直後に死んだんだってさ……」

ベリルは一行の先頭に立っているため、その表情は窺い知れない。

「ここに描かれている女性は誰かしら?」

絵のすぐそばに歩み寄り、イネスが言った。
空と雲の下には、人も描かれている。人数は四人。
イネスが指したのは、その中で一番若そうな女性だった。

「グランマは、成長したボクの姿だって言うけど……」

ベリルは何と言うべきか分からないのか、口を閉ざした。
その後ろで、腕を組みながらカルセドニーが呟く。

「描いた絵にスピリアが宿ると言われた、天才シンハラ・ベニトの遺作か……」
「ですが、スピルメイズを創るほどのスピリアを絵画に込めるなんて、結晶人にも不可能ですわ」

二千年も世界を見てきたリチアの言葉に、ベリルは顔を上げて応える。

「ボクだって、あんなヤツの絵にスピリアが宿ってるなんて認めたくないよ! だから、ずっとこのアトリエにも入らなかった……。でも……悔しいけど、この絵には何かがあるって感じるんだ」

ベリルは言うなり、光と化した。光は絵にそっと触れ、絵の中に入っていった。
スピルリンクに成功したらしい。一行は思わず目を見開いた。

「!!」
「おいおい、ホントに絵にスピルリンクしちまったぜ……」
「ええ……」

参ったように、ガラドは言った。タンジェリーナも小さく頷く。

「俺たちも行こう!」

一行も、シングを先頭に、ベリルに続いてスピルリンクしていった。
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