短編

□誰より好きだった
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あのね。

私はシンタロー君のこと好きだったんだ。

多分、生きている人の中で一番。

でも、昨日知っちゃった。

カノ君とアヤノさんっていう人のことについて喋っていたよね。

彼女、死んじゃったんだね。

その時の自分の表情、気付いてる?

辛そうだけど、幸せだった過去を思い出すような表情。


アヤノさんが愛しい表情。


好きなんだね、彼女のこと。

何でなのかな。

死んじゃってるのに。
もう会えないのに。

それなのに、何で好きなのかな。

でもね、その時私、気付いたんだ。

どうやってもシンタロー君の一番にはなれない。

シンタロー君の一番は絶対にアヤノさんなんだ。

…なら、ね?


『こうするしか、ないじゃない…』


下を覗き込むと冷たい風が吹き上げてきた。

髪が暴れて視界を眩ませる。


「やめろ、澪、やめてくれ…!」


後ろには目を見開くシンタロー君。

シンタロー君にはやめてほしいだろうね。

だって、私が今やろうとしてることは、アヤノさんと同じことなんだから。


『こうすればシンタロー君は嫌でも私のこと、忘れられないでしょう?
ずっと私のことを思ってくれるでしょう?』


だったら私はやめないよ。

シンタロー君の心にいられるなら、私は死んでもいい。


ビルの縁に立つ。

不思議と恐怖は感じない。


『あ、そうそう、シンタロー君』


言い忘れてた。

くるりと振り返ると今にもシンタロー君はこちらに駆け寄ってきそうだった。


『キドちゃんとかカノ君のことは宜しくね。

大好きだよ』


とん、と軽く床を蹴る。


たちまちシンタロー君は遠ざかり、耳元では風の唸る声。



誰よりも好きだった



これは不幸な終わり方?

ううん、最高に幸せな終わり方。

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