短編

□夏が過ぎれば
1ページ/1ページ


私はメカクシ団団員だ。
勿論皆のことが大好き。

だけど敵であるクロハも大好き。


大好きで、大好きなのに。


目の前には口元を歪ませ佇むクロハ。
いつもはそれさえ好きなのに、今は心臓を掴まれたような恐怖に襲われる。


私には分かる。
今からクロハが何をしようとしているか。

喉がからからに乾く。
目は目一杯開かれ、目の前の青年を凝視する。


『やめて・・・。やだ、お願い・・・』

「・・・・・・」


やだ。

やだ。


「澪?どうし――」


バァン、と大きな音が轟いた。

心配そうに顔を覗き込んだカノさんがぐらりと傾き、そのまま地面に倒れこんだ。


「――カノッッ!!!」

『・・・ぁ・・・・・・』

「カノさんっ!!」


カノさんが、カノさんが。

カノさんが、


殺された・・・!



『あ、うぁ・・・・・・!』


声が出ない。

腰が抜け、その場にへたり込む。


目の前ではセトさんが、キドさんが殺された。


やだ。

お願い、やめてよぉっ・・・!!


目をきつく閉じて耳に手を当てる。

何も聞こえないように、強く、強く。



どれほど経っただろうか。

何度か続いた銃声は止み、何も聞こえない。

それでも何かを見るのが怖くて、何かを聞くのが怖くて、動こうとはしなかった。


『、』


ふいに温かいものが耳を押さえる手に触れた。

手を包み込むように握られ、それが誰かの手だということに気付く。


どれだけ腕に力をいれても相手に勝てることはなく腕はゆっくりと耳から離された。


「澪」

『――っ!!』

優しく囁かれた名前に背筋が凍る。
反射的に開いた瞳には優しく微笑んだ、


『く、ろは・・・』

「澪・・・」


クロハは優しく、まるで壊れ物を扱うかのように私の頬を撫でた。


べとり


大好きな人達の生温い血が頬につく。

クロハの背後に視線を走らせると皆が血溜まりの中に倒れていて、かたかたと体が震えた。


「どうした?澪。何で震えてるんだ?」

『・・・く、くろ、はが・・・』

「ん?」

『クロハが、皆を殺したの・・・?』


目の前で殺されているのを見たのに、未だに信じられなかった。

きゅっと腕を掴んで目を見る。

クロハは一瞬不思議そうな顔をした後、


「そうだ」


あっさりと頷いた。


『どう、して・・・?』

「同じ日々へ戻らせるためだよ」

『・・・?戻らせる・・・?』

「これ以上はお前は知らなくていい」


髪を一房手に取るとそっと口づける。


どうしてだろう。
大好きな筈なのに、今は恐怖しか感じない。


震える体を押さえ、クロハの体を押し返す。


がちがちと歯が鳴る。

クロハは一瞬悲しそうにしたが、それは幻だったかのようににぃ、と口を歪ませると私に再び近づいた。


「なぁ、澪。俺の目的は“この世界をつまらない日常に戻すこと”だ。
だから全員に死んでもらわないといけない」

『・・・・・・!』

「賢い澪なら分かるだろ?」

『私も・・・』


殺すのね?


肯定の代わりにジャキ、と重い音をたてて黒光りする鉄の塊が向けられた。



ふっと力が抜けた。


もう・・・いいや。
なにもかも、もういい。

皆と同じところに逝きたい。



「じゃあな、澪」

「愛してる」



――私も、だよ。


目を閉じれば皆と過ごした一夏の思い出が蘇る。


待っててね、皆。
今すぐいくから。



刹那、襲った衝撃とともに私は意識を失った。





夏が過ぎれば


再び日常は繰り返される。


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ