novel

□忘却の善か実哀の悪か
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※黒コノハに遥時代の記憶があります
※エネ出てこない



ここは、どこだろう?真っ暗でどろどろしてて、とてもじゃないが居心地がいいとは言えない。とても怖い。

「よう、コノハ」

背後からとても僕とよく似た声が聞こえて吃驚して後ろを向くと、足音が近付くと共に声の主も姿を現した。

「クロハ…」

如何にも悪役のような笑みを浮かべながら僕を見るそいつは、中身は全然違うくせにとてつもなく僕と似ている容姿をしている。こういうのをドッペルゲンガー?って言うんだっけ。

「考え事か?はっ、随分と呑気なこった」

クロハは鼻で笑うとキッ、と僕を睨んだ。それがあまりにもクロハには珍しく激しい感情を含んだような、そんな瞳で少し怖くなった。

「みんながいるとこに帰りたい、帰して」
「帰ってどうする。お前が戻ったって報われる奴なんかいない」

クロハがまた一歩ずつ僕に近付いてくる。コツ、と足音がする度に僕は一歩ずつ後ろに下がりクロハと遠ざかろうとするけど、真っ暗でクロハ以外何も見えない空間じゃ僕は足が竦んで思うように動けない。

「コノハ。エネと初めて会った時のことを覚えているか?」
「エネ…?」

エネって、いつもシンタローの携帯やパソコンの中にいるあの青い女の子か。あの子に初めて会った時のことは勿論覚えていた。あの子は泣きじゃくりながら僕に『死んじゃったかと思った』『ずっと会いたかった』と言ってきた。ただ、僕には何のことかさっぱり分からなくて最終的には、嫌われた。

「エネがなんで泣いてたのか、お前に何を訴えたのか。分かるか?」
「…分かんない」

静かに僕はそう呟いた。

「っぅぐ!?」

首に激しい痛みと息苦しさが突然来て、何かと思って反射的に瞑った目をゆっくり開くとクロハが自分の両手で僕の首を締めていた。ギリギリと首の骨が鳴り、いつか折られるんじゃないか、と寒気がした。

「ふざけんなよ…エネが、貴音がどんな気持ちだったのか…!!」
「ぅっ…ぁ…」

必死に呼吸法を獲得しようと口を開くけど肝心なところで酸素が肺に入っていかない。クロハの手を掴んでこっちも出来る限りの力を出して離そうとするけど、僕の力が弱いのか、びくともしない。

「なぁ、もう忘れた?アヤノもシンタローも、貴音の事も」

アヤノ?タカネ?シンタローって…あのシンタロー?

「シ、ンタロー…は…」
「あぁそうか。シンタローはあの集団の仲間だから分かるか。じゃあ、あいつに勉強教えてもらったのは覚えてるか?」

勉強?なんで?僕がシンタローに?

「覚えてねぇよなぁ。俺がそのおかげでテストで赤点取らなかったとか貴音とシンタローが顔を合わせる度喧嘩して俺とアヤノが止めたのとか貴音とゲームしてボロ負けしたのとか貴音にノートを貸したのとか貴音に頬を抓られたのとか!!」

クロハが僕の首を締める力を強める。その瞬間バキ、と鈍い音が響いた。折れた骨からくる激しい痛みと共に酸欠から目眩が来た。
気絶する直前、突然クロハがぱっ、と首から手を離した。急に肺に来た酸素に咽せてゲホゲホと咳が出る。その咳と合わせて折れた首の骨に振動が響いて激痛が走る。

俯いて咳き込んでいると、頭に堅い、鉄の塊が当てられた。拳銃だ。

「貴音の事を覚えてないのに、生きてる価値ないでしょ」

“タカネ”…その名前を聞く度、胸に何かが突き刺さるような、そんな感じがしてどうも落ち着かない。
銃口を向けられているにも関わらず、僕は冷静に“タカネ”の情報を自分の脳内から探す。だが、やはり思い当たるものは何もない。

「安心してよ、コノハの替わりに俺があいつを幸せにする。何にも出来ないノロマなお前の替わりに」

引き金に指がかけられる。

僕は、こんなどこかも分からないところで、よく分からない自分のドッペルゲンガーに殺されるのかな。でも何故か抵抗する気にならない。クロハの言う“生きてる価値ない”というのに酷く納得してしまうのだ。

忘れちゃいけない、とても大切なものを忘れてるようで。

「バイバイ」



「『遥』」



銃声が響いた瞬間、“僕”は死んだ。







(もう一度、君の名前を呼べたなら)




20130625

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