novel

□喰べられた痕は甘く滲んで
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メドゥーサの末裔とかいるこの世界、もうどんな架空世界の生き物だと思っていたものの末裔が出て来ても驚かないと思っていたが、さすがにこれは無理だ。



「シンタローさん!血下さいっす!!」
「いーやーだー!!」

セトが俺のジャージを掴み自分の方へ引き寄せようとし、俺はセトの肩を手で押し返す。端から見たらいい歳した男同士が何をしているんだ、と見えているに違いない。

「なんでそんな拒むんすか!」
「何でもだよこの馬鹿!あとそんな引っ張るな!服破れるだろ!」

セトが口を開く度に見える尖った八重歯…それは、セトが吸血鬼の末裔と証明する恐ろしいものだ。

セトが吸血鬼の末裔と知ったのはつい先日だった。モモとマリーの話をしていたらその背後から「あ、言い忘れてたっすけど、俺も吸血鬼の末裔なんすよ〜」なんてさらっと言うからモモと俺は持ってたプラスチック製のコップを同時に落としたのだ。
吸血鬼と言っても末裔だから相当退化したらしく、寿命は人間とほぼ一緒、十字架やらにんにくやらに拒否反応も無く、血も必要最小限摂取すれば何の問題もないらしい。

それなのにセトは以上に俺の血を欲しがるのだ。何故かと聞けば黙って答えてくれず、俺はそれが気に入らない。しかもあの八重歯が肉をめり込んで入ってくるとか…と考えたらやはり怖いもので、こうやって拒んでいる。

「…そっすか」
「…あ、れ?」

セトがゆっくり握っていたジャージの裾を離す。手が離れたのを見て俺も押し返していた手をゆっくり引いた。あまりにも簡単に引いたので少しきょとん、としながらセトを見た。すると

「じゃあ俺が貧血でバイト先で倒れてもいいってことっすね…」
「う゛っ…」

しょぼんと打って予測変換で出てくる顔文字と同じ様な顔をして俺を見つめる。俺が押しに弱いことを知っておいてこんなことをするなんて、少したちが悪い。

でもセトがそんなことになったら、セトのバイト先の人や経営にも影響が出たりするかもしれない。それにバイト代も少なくなったりしたらこのお金で飯を食べているキド達にも迷惑がかかる…そんなことが起こったとして、原因が“俺がセトに血をあげなかったから”なんてことになったら、俺が悪いことになってしまう。それは嫌だ、色んな意味で。

そんな自分の気持ちと葛藤していると、とんっ、とセトに軽く押された。気が“血をあげるかあげないか”という事に向けられていたから体には力があまり入ってなく、俺の体は簡単に倒れた。

「せ、セト…?」

その上からセトが覆い被さるように体を動かす。ぱっと見は俺がセトに押し倒された、という風に見えるだろう。実際押し倒されたんだろうけど。
両手はセトの握力によって塞がれ、足も動かせないように固定されてしまった。何?どうした?今から何が起きようとしている?

「シンタローさん、この状況分かるっすか?」
「い、いやちょっとワカラナイかな…?」
「これなら俺がシンタローさんの血を飲めるどころか、シンタローさんに色んな事が出来るんすよ」

どうします?、とにっこりと俺に笑いかける。どうします?じゃないわ…いい顔しやがって。そもそも俺に決定権なんてあるのか?こんな状況で。
つかさっきのしょぼん顔は演技か!?今の笑顔にしょぼんなんて要素は見事に皆無だったぞ!?
と思いつつ、やはり犯されるのは勘弁で、回避する為には諦めなければならないということか…。

「じゃあ血くれるんすね!」
「心読むなよ!」
「読んでないっすよ?分かりやすい顔してただけっす」
「………」

表情が豊かなのか、それとも貧相すぎて心情が顔にそのまま出るのか…どっちにしろ、俺の考えはいとも簡単にセトに知られてしまった。目の前のセトのそわそわし顔を見てたらこちらも腹を括らなければなるまい。

「もういいよ…好きなようにしろよ」
「!はいっす!」

俺がそう言うとセトは元気に返事をして、手を解放したその直後に真っ白すぎる俺の首に噛みついた。
セトの息や髪でくすぐったいなぁ、なんて考えてたら激しい痛みが俺をいきなり襲い始めた。それはあんな小さい八重歯が起こすような痛みとは到底考えられない程の痛みで、例えるならナイフで心臓を一突きされたような、そんな痛みじゃないだろうか。

「ふっ…ぐ…!」

セトは血を吸うのに必死のようで、俺が苦しんでいることに気付いてないようだ。首から広がるこの痛みに、俺の諸器官は各々に反応し始めた。足はつったような感じになり動かせず、激しい腹痛、その腹痛から吐き気が込み上げて来た。辛うじて動く手をセトの背中へと回し、服をありったけの力で握って引っ張る。
吸血するときっていつもこんなつらいのか…!?

「セト…!やめ…っ!痛い!」
「…シンタローさん?」 

気が付いたのか、歯を抜いたセトが俺を心配そうに覗き込んだ。当たり前だがセトの歯には俺の血がべっとりと付いている。噛まれた傷口からも血が垂れる感覚があり、じんじんと鈍い痛みが引かずにいる。酸素を取り込もうと肩を上下させながら呼吸をするが、息を吸う度喉や肺に痛みが走る。

「ごめんなさいっす、そんな痛かったっすか…?」 
「…う」

ん、と言おうとしたら口から少量ではあるがつうっ、と血が垂れてきた。俺の口内には傷なんてないし、俺の血なのにどこから出ているのか分からない。それらしき感覚がどこにもないのだ。なんなんだ、これは…。

その血を拭おうと手を伸ばしたが、それより先にセトの手が俺の口内に侵入してきた。いきなりでびっくりしてセトの方を見ると、セトは俺よりびっくりした表情をしていて、少ししたらやっちゃったみたいな、そんでもって何かを達成したような、そんな顔をした。

「セト…?どうした…」
「あはは…シンタローさんも吸血鬼になっちゃいました」
「…………………は?」

セトの言葉を理解するのに所要した時間、約5秒。
吸血鬼になっちゃいました?誰が?俺が?

「は!?」
「多分さっき俺の血も流れちゃったのかな…」
「いやいや!自己解決すんな!俺にも説明しろ!」

セトの肩を持ち叫ぶと口からカチンという音が聞こえた。歯と歯がぶつかった音というのは理解したが、距離がおかしい。本来の上の歯と下の歯がぶつかる距離じゃないし、ぶつかったのも一部分。犬歯の部分だった。恐る恐るその歯を触ってみるとセトと同じくらいの、他の歯の倍の長さにまで伸びていた。この歳になると抜けることもそうそうなければ伸びることもほとんどないのに、俺の一部分の歯は急成長していた。

「…先祖の吸血鬼には子孫を残そうとする力があって、吸血された相手に自分の血を流すと相手も吸血鬼になってたらしいんすよ。多分、それで…」

人間で言うと妊娠みたいな感じっすかね、と閃いた!とでも言うような顔でセトがそう言った。妊娠だったら男から男はないだろ、と突っ込みたくなったが吸血鬼に人間の常識が通じるとは思わない。

「…へーぇ。だから俺に何も言わなかったんだな?」
「いや、それもあるっすけどもう無くなった能力だと思ってたからシンタローさんもなるなんて思ってなかったんすよ!」

このセトの慌てた行動と、さっきの表情…全て分かった。セトは全てを考えた上で俺に血をねだっていたのだ。俺が吸血鬼ならなかったら何事もなかったかのようにすればいいし、なったらなったらでセトの思惑通り。
でも、それを全て分かってこうなったと理解しても、どうしてもセトを怒鳴り散らしたり出来ない。これが惚れた弱みとでも言うのか、ただの俺の甘さなのか、そこだけは分からなかった。

「…はぁ。マジねぇ…」
「あ、あの…ごめんなさい…っす」

謝ったところで何も変わらないのに、先程の雰囲気とは打って変わったようにしょげている。そんなセトを見て俺はにやぁ、と笑いつつセトの腕を自分の方へ引き寄せた。

「謝ってどーこーなるか!!」
「いったぁ!!」

そして、俺はセトの左腕に全治二週間の噛みついた傷を負わせた。





(しつけの悪い吸血鬼!)




20130715

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