novel

□640pxlの全身全霊
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風が全く吹かない蒸し暑そうな夏の朝9時。起動しっぱなしのパソコンもそろそろ熱を持ち、居心地が悪いと感じ始めた頃、僕の目の前では1人の少女がようやく目を覚ましたようだ。

「ふあっあ〜…」

眠気を感じさせるその欠伸は、人並みの睡眠欲が消えた僕には全く効かない。
そのかわりと言ってはなんだけど、僕は満面の笑みを浮かべて遅いお目覚めの少女に話しかける。

『おはようございますっ、ご主人!』
「ふえ…あ、おはようエネ」

寝ぼけているのか、虚ろな目で僕を見ながらか細い声で返事を返すご主人の寝起きは、とても女の子とは思えないほど色々ぐしゃぐしゃだった。暑いから、と少し長い丈のシャツを下着の上から一枚羽織り、通気性のいい素材で作られた短パンを履くだけ。なんともだらしない。
まあ、そんなご主人のことが好きな僕も物好きなんだが。 

「うわっ、汗やば!気持ち悪ー…」
『ちょ、ちょちょちょっとご主人!!?』
「え、何…?」

確かにこの夏は暑いだろう。某検索サイトのお天気コーナーには最高気温38度と記してあった。数十年前の気温と比べると、如何に地球温暖化やらオゾン層破壊やらが酷いことが身にしみて分かるだろう。
こんなに暑ければ動かなくとも汗はかく。寝てるときだってそれは例外ではない。代謝のいいご主人は薄いシャツなどすぐに汗で湿ってしまう。気持ち悪いのも分かる。だけど!だけどだけどだけど!!!

『一応僕という健全な男の子がいるのにそんなナチュラルに脱ぎ始めないで下さい!!』

僕がそう訴えるように叫ぶと、ご主人は「あっ」というような表情をして脱ぐ手を止めた。ちらりと見えていた臍がしまわれたのは少し残念だがご主人だって引き籠もりだけど女の子だ。僕だってエネミーだけど男の子だ。どうせ欲情したって手は出せないけど(出したいけれど!)僕は健全な男の子でいたいんです、ご主人。

『いいですか、ご主人。ご主人は女の子なんですからそんなに人がいる前でホイホイ脱いじゃ駄目ですよ?』
「エネって人にはいるのか?」
『人格を持ってるんだから人ってことにしてください!』

ご主人が疑心暗鬼の目をしている。どうせ“エネミーは人格さえ持っていれば人とみなせるのか”と頭の中で検索をかけているに違いない。無駄に頭がいいだけ、こういう時に厄介だ。

「エネは人ってことでいいんだな?」
『そうです』
「エネは男で」
『そうです』
「女が好きと」
『そうです』
「女の身体にも興味あると」
『そうです』
「見たい、と」
『そうです』
「えっ」
『?どうしましたご主人』

ご主人は驚いたように口を手で塞いでいる。僕は堂々と腕組みをしてご主人の話を聞いていた。ちなみに言っておくけど僕はどこぞのラブコメの主人公みたいにヒロインの引っ掛け一問一答に引っ掛かったわけではない。全て本音。全て僕が意志を持って答えたもの。ご主人は引っ掛かってほしかったんだろうが、残念。この一問一答、僕の勝ちです。
そして、ここで最後の追い打ち。

『あわよくば僕はご主人の身体が見たいですよ。でもそれは不意打ちとかじゃなくご主人の同意を得てから、ですがね』

伏せていた瞼を再び上げると、そこには赤面しながら口をぱくぱくと開くだけ何も喋れないご主人がいた。でもしょうがない、全て僕の本音です。実体さえあれば、今すぐにでもご主人の所へ飛んで抱き締めたいのに…なんて、叶いもしないことを必死に望んでいる。
まぁ、ここまで言えばこれから僕のいる前で服を脱いだりしないだろうからいいか。

『…な、なーんちゃって!驚きましたー?まぁ、例えて言うならこういう気持ちを持った邪な輩がどこにいるか分かんないですからこれから気をつけて下さいってことをですね…』
「っは、はぁ!?ちょっと、今までのは全て演技!?」
『…っそうですけど、何か?』

ヤバい、少し詰まった。しょうがない、だって演技だったなんて嘘だし、全て本当のことだし、自分で言った邪な輩って言ってみれば自分自身のことだし。
少々気まずくなって目線を正面のご主人からスタートボタンの方へとずらす。ご主人は相変わらず僕を見つめているようだが。

「…ふーん、じゃあエネは別に私の身体に興味ある訳じゃないんじゃない」
『はい?』
「だったら目の前で着替えても別に問題はないでしょ?興味ないんだったら」
『ちょ、ご主人…うわぁっ!?』

嫌な予感がして目線を戻すと、そこには再び服の裾を持ち上げようとするご主人がいた。僕が静止させようとしてもご主人はにやにやしながらゆっくり腰から臍、臍から胸が見えるくらいまで上げていく。
身体の血が全て顔に集まっていってる気がする。熱い、熱い、オーバーヒートしそうだ。

『ごっ、ご主人の阿呆ぉおお!!』

僕はそう叫びながら強制シャットダウンを開始する。データが損傷する可能性がある?そんなの知らない、僕を誑かしたご主人が悪いんだ!

「あっ、おいエネっ…」

ブツッ

ご主人が僕を呼んでいる途中でパソコンはシャットダウンした。真っ暗で何も見えない、聞こえない、触れない。だけど、

『ご主人、以外に胸あるんだ…』

なんて呟くくらいに、僕の頭の中は御花畑と化していた。



「…エネの野郎、嘘なんて嘘じゃねえか」

そんな勝ち誇ったようなことをご主人が言ってたのも、僕は知らない。






20131215

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