novel
□仄かな想い
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―Shintaro side.
「いっでぇえ!」
モモと一緒に来たメカクシ団のアジトで爆睡していた俺はソファから上半身がずり落ちてテーブルの角に額がクリーンヒットした。幸いテーブルの上には何もなかったようで、俺の額が酷く重い痛みを受けている以外は何も起きなかった。
「俺が何をしたって言うんだよぉぉ…」
ソファから上半身のみ落ちた状態で情けない声をあげた。痛む額を押さえるついでに顔を手で覆う。
モモの言葉を借りるわけではないが、今日の俺は散々だった。朝6時にエネにサイレンで起こされるわ、母親には怒鳴りつけられるわ、二度寝しようとしたらモモが来て「アジト行こう!」と言われ無理矢理連れて行かれるわ。
それだけで終わればまだいつも通りの生活に等しかったが、外に出て街に出るや否やファンにモモの正体がバレて、一緒にいた俺にまで目が向けられて逃げるのに一苦労して、やっとアジトに着いたと思ったら冷たい飲み物がちょうど切れていたり、と。そして今、寝ているところに額にテーブルの角。これは数日くらいたんこぶが残りそうだ。
「ブフォッ!だ、大丈夫?シンタローくん…ブッフォ!」
「………」
背後から殴りたくなるような笑い声が聞こえてきた。大体声の主は分かるのだが、ゆっくり振り返る。
案の定、声の主はカノだった。腹立たしいほどのにやけた顔をしている。
「…お前、何かしたのか」
「えぇっ?何もしてないよっ…あっははははは!」
「はあ…」
「額に立派なたんこぶ…っひぃひぃ」
笑いすぎて土下座のポーズをしているカノを、俺はジト目でそれを眺める。特にカノが何かしたわけではないと分かっている。ていうか何かされていたとしても怒る気力もないけど。
「いやぁ、ごめんごめん。何か冷やすものを持ってくるよ」
そういうとカノは台所の方へ向かった。たんこぶを数回さすっていたらカノが数個の氷を入れたビニールをタオルに包んで持ってきてくれた。こういう事を笑う前にしてくれたら素直に助かるんだけどな。
ひんやりとしたタオルが熱を持った額を冷ましていく。俺はふう、と一息着いた。なんかやっと休めた気がする。
「シンタローくん、綺麗に激突していったねぇ」
「あぁ、当の本人さえびっくりするほどな…」
寝ている間に体の重心がずれてきたのだろうか。ソファで寝るんじゃなかった。
後悔して頭を垂らしたら机の下に何か転がっているのが見えた。
「コーラ飴…?」
それは普通の飴より一回り大きいサイズの飴だった。
俺がソファから落ちたときに一緒に落ちたのか。でも俺は飴を買った、貰ったという類の記憶は全くなかった。
誰かが寝ている俺にくれたのだろうか。誰だ、そんなツンデレな性格の奴。
「あらあら〜、シンタローくんコーラ好きじゃん。良かったねぇ」
カノが満面の笑みで俺にそう言った。こいつの満面の笑みなんて逆に怪しさを増すだけなのだが。
「これ、誰がくれたか分かるか?」
「いやぁ、僕全然見てないからわかんないや」
「ふうん。これじゃお礼言えないじゃねえか」
「シンタロー君でもお礼言うんだ。エネちゃんが『ご主人はネットで批判ばっかりしてますからねぇ〜』って言ってたから」
「お前今すごい失礼なこと言ってるぞ」
エネの言葉は嘘ではないが、そんなこと、よりによってこいつに言わなくて良いじゃねえか…。
「…ん?」
「…え、なに」
「…いや、勘違いだったら悪いけど。これ、くれたのお前だろ」
掌に乗せた飴を見せながら、俺はカノにそう質問した。
言われた当人のカノはぽかーんとしている。いや、ぽかーんというより動じてない、といった方が当てはまるかな。
半分くらい俺の勘なんだが、さっきからおれと喋っているカノは、いつもより口が開いてないように見えた。それとちら、とみえたカノの口内にあったのは水色の飴。そしておきた俺に一番近くにいた人間。たったそれだけなんだが。
未だに微動だにしないカノに、俺はその考えは違ったのか、と思った。
「…違ったらせめて違うって言えよ」
苦笑いでそう言う。沈黙は嫌いなんだ。
「…うん、僕だよ。よく分かったね」
やっと喋ったと思ったら淡々と予想通りのことを言いやがった。ほら、やっぱりな。
「…久々だな。誰かに分かってくれたの」
「え?カノ…?」
カノは少し下を向いて笑うと、立ち上がって俺の額にあるタオルを取ると、台所の方へ向かっていった。
「もう腫れ十分治まったんじゃない?あとは冷えたタオル乗せておけばいいでしょ」
冷え切った額を触れると、確かに腫れは最初よりかは引いていた。
でも俺の意識は先程カノが見せた微かな笑みが頭の中をぐるぐる巡っていた。
「ちゃんと笑うんだ、カノって…」
カノがくれた飴を握りしめながら、冷えた額がまた熱を持ってきた感覚を感じとっていた。
(あ、飴ありがとう。カノ)
(ん〜、どういたしまして?)
(…?)
20140420