novel

□偏愛サティスファクション
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※遥貴付き合ってます

いつぞやの夏、五月蝿い蝉が今日も教室の網戸を通して聞こえてくる。多くの蝉のオーケストラのせいでクーラーが点いていない教室が余計蒸し暑くなっているように感じる。下敷きで扇ぐ行為すら止めて机に突っ伏してしまっている僕の彼女に苦笑いしながら声をかけたらうるさい、と一蹴されてしまった。そんなことにさえ愛おしさを感じる僕はおかしいんだろうなぁ、それもこれもこの暑さのせいだよ。きっと。

時期は夏休み。部活動と補習の生徒しか出入りしないこの学校はいつもより閑散としていた。野球部とバレー部のランニングのかけ声が補習を受ける僕たちの集中力を奪っていく。主に貴音の集中力が。

「もうやだ帰りたいネトゲしたい」
「そんなこと言わずに、ほら、もう少しじゃん貴音!」
「私は力尽きた…この世界の平和はお前たちの手に…」
「あ、それ昨日始まった新イベントのプロローグだよね」

さて、そろそろ三次元と二次元の境界線が分からなくなってきた貴音をどうやってやる気にさせようか…。
僕はう〜ん、と唸るだけで解決策は何にも思いつかない。
その時、教室のドアがからから、と控えめに開けられた音がした。音のした出入り口を見たら後輩であるアヤノちゃんとシンタローくんがいた。

「あ、アヤノちゃんんん…」
「遥さん、貴音さんこんにちは。補習のプリント終わりましたか?」
「僕は終わったけど貴音が…はは」

アヤノちゃんが貴音の方に向かい、分かる範囲の勉強を教えてくれている。今日は先生が何を思ったのか一年生の復習プリントを配布した。もちろんあの先生のすることだからアヤノちゃんにも同じプリントが配布されているに違いない。正直に言って、アヤノちゃんも貴音と同じくらい勉強が苦手だ。なのに進んで貴音に教えているということは自分の教室でちゃんと理解してここに来たのだろう。

「アヤノ、お前人に教えれる立場じゃねぇだろ」
「大丈夫だよ、さっきシンタローにちゃんと教えてもらったしね!」

案の定。だけど僕は今の言葉を聞いて心がざわついた。

貴音と付き合い始めて初めて気付いたのだが、僕は案外…いや、結構嫉妬深いことが分かった。その嫉妬新が普通の嫉妬ならまだ可愛いんだけど、いくら制御しようとしても頭の中は邪念で埋め尽くされてしまう。激しいときには相手を殺したくなるくらいに。

被害妄想も激しいようで、さっきの言葉ではシンタローくんがアヤノちゃんに教えて、それで手に入れた知識を今貴音に伝えている。それって、貴音がシンタローくんに教えてもらってるのと一緒じゃない、なんて。

「はっ、遥!出来たよ!」
「やったね貴音!それ終わったから今日の補習終わりだよっ」
「いよっっしゃああ!!」

貴音が椅子から立ち上がり、ガッツポーズをした。それに拍手する僕とアヤノちゃん。シンタローくんは教壇に寄りかかり腕組みをして無表情でこちらを見ているだけだった。

「じゃあ私たち荷物取ってきますね!」

そう言って元気良く出て行ったアヤノちゃんとそれについて行くシンタローくんを笑顔で送った。
振っていた手を下ろし、涙目になっている貴音の頭をそっと撫でた。急に撫でられたからか、びっくりして貴音が体を少し強ばらせたけど、僕が「お疲れ様」と声をかけたら少し赤みがかかった顔で「遥も、お疲れ様」と言ってくれた。その顔の赤みは夏の暑さのせいか、それとも僕か。どちらにしろ可愛いから良いかな。

「それにしてもアヤノちゃんの教え方、凄く分かりやすかったなぁ。先生が書いてるヒントなんかより頼りになっちゃった。もういっそアヤノちゃんが先生すればいいのに」

いひひ、と笑いながら貴音が言う。その笑顔に合わせて笑おうかと思ったけど、先程の感情がまた疼き出して笑えるような状況じゃなかった。
笑顔の貴音がこちらに振り向いた。途端にその笑顔は消え、驚愕と困惑を混ぜたような顔に変わった。でもそうだよね、普通そんな反応するよね。だっていつも笑ってる僕が急に冷めた目になって見下したような顔になってるんだもん。そりゃ驚くよ。

「は、遥?どうした…」
「貴音は僕のこと好きだよね?」
「ふぇ!?ど、っどどどどうしたの急に!!」
「僕は貴音のこと好きだよ」
「…本当、どうしたの急に」

いいから答えてよ。
真っ赤になった顔がこちらをすっと見据える。体は腕があちこち動いたり足も爪先をとんとんしているが、目は真剣に、僕を一途に見てくれている。

「…もちろん好きだよ。じゃなきゃあんたと恋人になんかなってない」

あぁ、その言葉が聞けてとても嬉しいよ。
僕は満足して一瞬にして笑顔になると、たまらず貴音を抱きしめた。貴音も暴れず、そっと僕の背中に腕を伸ばして抱きしめてくれた。
僕の腕の中でゆっくり幸せに浸るように瞳を閉じていく貴音に、僕は新しい言葉を紡ぎ出した。

「じゃあさ、僕と一緒に死んでくれるよね」
「………は?」

閉じかけた瞳が、僕の言葉を聞いた瞬間大きく見開いた。そしておずおずと顔を上げると「それは、どういう意味…?」と今度は困惑と恐怖が混じった顔で問いかけてきた。

「どういう意味って、そのままだよ。僕が死んだら貴音も一緒に死んでくれる?」
「…遥、今日おかしいよ」

貴音は僕の腕から逃れようと体を動かしているけど、病弱と言っても男の身。女の子の貴音の力では僕にはかないもしなかった。

「ねぇ、答えてよ。それとも僕が死んだらやっぱ別の人見つける?新しい彼氏を作って結婚して子供作って幸せに暮らすの?」
「な、なんでそんな事言うの」
「僕は不安なんだよ、貴音がいつ別の男にとられるか分かんなくてさ」
「そんな心配しなくても、私は遥以外の人の所なんて行かない!」

僕の力が緩んだ隙をついて貴音は僕の腕の中から抜け出す。叫んだ後の貴音はまた涙目になっていた。だけど、理由は先程とは変わっているけど。
でも、口では何とでも言えるのが人間ってものだよね。言うこと全て信じれれば疑いなんてしないし、愛する人をいつか裏切ることもない。人間は誰しも信じることが出来ないから、質問するし、疑う。でもそれはやっぱりその人を信じいているからで…いや、違うな。信じようとしてるんだ。その人を自分の理想通りの“良い人”を作り出そうとしている。あぁ、なんて矛盾なんだろう。まぁこの世界がまず矛盾だらけで出来ているからしょうがないか。

だから僕も、貴音のことが好きだから、愛しているから、こうやって疑うんだよ?何もおかしくない。

「じゃあさ、今日僕んちに泊まらない?」
「えっ…」
「丁度今日、家に誰も居ないし」
「ちょ、ちょっと待って…」

貴音が困惑していると、突如教室のドアが勢いよく開いた。
目線をそっちに移してみると、赤いマフラーの少女と無愛想な表情をした少年…アヤノちゃんとシンタローくんだ。

「すいません遅くなっちゃって!お父さんに見つかって
まくのに時間がかかって…って、どうしたんですか?お二人とも」

雰囲気がよろしくないのを読みとったのか、アヤノちゃんは少し眉間に皺を寄せて首を傾げた。
アヤノちゃんの登場により貴音の意識は無理矢理そちらに移されたようで、「全然何もないよ〜!ていうか先生何してんの」とあはは、と笑っていた。
アヤノちゃんと貴音の笑い声に合わせてニコニコしていたら、唯一表情を変えないシンタローくんが、僕をじっと見ていた。
何かな?、と声を出さずに表情だけで語りかけると、シンタローくんも声には出さずに表情だけで返してきた。

「っは…君に何が分かんのさ」

つい声に出してしまったが、アヤノちゃんや貴音には聞こえなかったようで、二人はまだ仲良く話をしている最中だった。

「…分かるわ。伊達にこの頭持ってねぇよ」

鋭い観察眼であろうシンタローくんの目に迷いはなかった。あると思われるのは、ただの怒りだけ。
でも、残念。君にこのフィールドに入る権利はないよ。

「よしっ!じゃあ皆一緒に帰ろうか!」

今度は二人にも聞こえるように、そう声をかけた。







20140622

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