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□捕食
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部屋で普通に書類を片付けていたら、カガリくんが入ってきた。見てないけど、何となくわかる。
ノックもなしに、珍しいなぁ。なんて思いながら立ち上がったら、ふわりと嗅ぎ慣れた香りがした。
気がつけば、カガリくんに抱き締められている。
背中に感じる体温に、少しだけ幸せな気分に浸っていたら、伝わってくる心音がやけにうるさいことに気付いた。お腹に回された腕が、僅かに震えていることも。
「カガリ、くん?」
「……………」
「どうしたの?何か嫌なことでもあった?」
そっと体を反転させて、カガリくんに向き合う。
カガリくんは、誰から見ても完璧な人だ。
だからこそ、本人にしかわからない苦労やつらさなんかがあるんだろう。
でも彼は簡単に弱音を吐くような人じゃないから、私じゃ気付いてあげられないことも多い。
「つかれた」
「……え」
拍子抜けした。
まさかそんなことで、っていうわけじゃないけど、こんなにシンプルに、脱力したように何かを言う彼は見たことなかったから。
「えっと、何があったの?」
「…昨日、ずっと外で」
「うん」
「今日はずっと報告書作成してたので、なんというか、ひどく疲れました」
「ふむ、そっかそっか」
ぽんぽん、と脱力した背中を叩いたり撫でたりして、がんばったねって慰めてあげる。
「お疲れさま。私に出来ることがあったらなんでもするから、言ってね」
戦闘員ではない私がしてあげられることなんてほとんどないだろうけど、言わずにはいられない。
彼らは私たちの何倍も頑張っているんだから。
「ユメさん……」
「ん?」
腕の力が緩んで、カガリくんと目が合う。いつもより低い声に、なんだか嫌な予感がする。
「僕のこと、癒してください」
「え?」
これがこんな体勢での台詞でなく、かつ彼がこんなにも余裕を無くした目をしていなければ、私も笑顔で応えることができただろうに。
「なんでもするって言いましたよね」
心なしかぎらついた彼の目に、私は、ひきつった笑顔を返すしかなかった。