虹物語

□第8Q「分かりますよ」
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音「私は…,…。」



答えあぐねる音に,黒子は,はっきりと迷うことなく彼女に言った。



黒子「バスケが,好きだからですよね。」


それに一瞬面喰らったように目を丸くした音は,すぐに強く不快感を露に眉をひそめた。


音「…分かったような…。」


黒子「…。」


音「分かったような口を聞かないで…。分かってない。分かってないよ!!


私はもうバスケなんか好きじゃない!!」



それは黒子にではなく自分に言い聞かせるような叫び。
涙を瞳に溜めながらおもむろに鞄から小説を取りだし,振り上げた。
それは,バスケに関する小説で。
主人公が,努力を積み重ねて日本一を勝ち取る物語。
まだバスケをやっていた頃の彼女が,何度も読んでいた本。
無邪気に信じていた。努力は叶うなんて言葉。

でも,努力は裏切らない。なんてそんなの嘘だ。
夢なんて叶わなかった。その努力に,裏切られた。




手に自然と力がこもり,パステル調の絵が印刷された表紙がくしゃりと潰れた。
それと同じように,音の表情もくしゃりと潰れて,涙が溢れた。



捨てられない。
捨てきれない。



此の感情を。



本当は分かっていたんだ。



バスケが何よりも大好きだったってこと。楽しかったってこと。



だから認めてもらいたかった。
好きだから,認めてもらいたかった。
楽しかったから,あんなにも頑張れた。



でももう大好きなバスケは出来なくなってしまった。


だから楽しそうにバスケをする皆を見ると,羨ましくて,同時に恨めしくて。




音「どうして…私には才能が無いの…。」



妹のような才能が。
家族の,温もりが。



音「何で私ばっかり失うの…。」



唯一だった,バスケを。





全部不幸だったからなんて理由付けで片付けられるはずがない。

この苦しみを,努力を,そんな簡単に割りきれるはずがない。




音「どうして私には何も無いの!!!!」



妹には全部あるのに。
どうして私には何の才能もないの。



音「どうして…。」



力無く膝から崩れ落ちる。
反対に力強く握り締められた拳には,大粒の涙が溢れ落ちて。

嗚咽混じりに喉から絞り出されたその言葉は,とてつもなく悲痛なものだった。


と,ふと泣き崩れる音の頭に優しく黒子の手が乗った。




黒子「僕だってバスケは上手くありません。幾ら練習してもドリブルやシュートは普通の人と大して変わりませんでした。

僕ができるのは,パスだけです。

でも僕はそれでも構いません。
それが,僕が今,チームのためにできることだから。



白乃さんにも白乃さんにしか出来ないことがあるかもしれません。
そう思ったから,どれだけバスケが辛くてもマネージャーになろうとしたんじゃないですか?」



しゃがみこむ音に目線を合わせ,優しくにこりと黒子は笑んだ。
その時の手の温かさを音は永劫忘れない。こんなにも優しくて,心暖まることは感じたことがなかったから。



黒子「本当に好きなことが出来なくなるのは辛いことです。

でも,嫌いになるのはもっと辛いはずです。…だから,もう止めましょう?」



ーーーバスケを嫌いになろうとすることを。




音「…あッ,…ぅ…ぁ…うぁぁぁぁぁぁ…!!」



子供のように泣きじゃくる音を黒子は何も言わず抱き締めた。

そのあとしばらく,音が泣き止むまで黒子は彼女の傍に居続けた。










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