虹物語
□第15Q「…食べ,る?」
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陽泉高校。
普通科と隣接して存在する食物科。
指針としては管理栄養士やパティシエ等,料理に関する将来を志す生徒を養成する,というもの。
そこの食物科家庭科部に黒部優は所属していた。活動内容は基本的家庭科に関すること,すなわち料理や裁縫などといったものである。
校内ではかなり有名な部活で,何人も全国レベルのコンテストで賞を獲得している。
ちなみに不定期で催される家庭科部の手作りお菓子販売はほぼ全校生徒が詰めかける大人気企画である。
しかし今日は特にこれと言った特別な活動があったわけでもなく,優はただ黙々と一人クッキーを焼いていた。ちなみに春らしく桜の粉末を練り込んでみた。
あとは焼き上がるのを待つばかりで,ただよう芳ばしい香りに桜のようにふんわりと頬を染めつつオーブンの前に地べたに座って段々と色付くクッキーを眺めていた。ただ,一人…のはずだった。
優「…。」
ふと,気付いた。
おかしい。隣に誰かいる。
しかし人間にしては異様にサイズが違う気もして,まさかト○ロでもいるのかとゆるりと顔を上げると,見覚えのある紫の頭。
優「…ぁ。」
思い出した。
始業式の日,頭上でポテチをばらまけられ,挙げ句の果てに優の頭を皿にまでした男だ。
どうしてここに,という疑問は顔を見た瞬間理解した。
緩んだ紫の瞳は希望に輝き懸命にオーブンの中を見つめ続け,ついでに涎も垂れている。我慢しているらしいが,溢れている。やはり匂いに釣られてやって来たらしい。
チンと音が鳴ると,いよいよ我慢の限界が来たらしく体までうずうずと揺れだした。
そもそも一人でクッキーを焼いていたのは分量を間違えて多くとってしまったのが原因だ。故に量も相当なもので,誰かにあげようかと思案に暮れていたところでもあったので,欲しいならあげてもいいかという結論に至り,彼女は思い口を開いた。
優「…食べ,る?」
ぽつりと突然に呟いた言葉だったが,相手は瞬時に反応し,輝いた目を此方に向けてきた。
紫原「本当に?」
あまりの気迫に内心やや圧されつつも,こくりと頷くと,彼は表情に花を咲かせた。
何人分かも分からないクッキーの山を彼は,あっという間に平らげて帰ってしまった。
去り際に「ありがと〜」と何とも力の抜ける間延びした言葉と共にわしゃわしゃと頭を撫でられ,残ったのはクッキーの焦げあとを残したクッキングペーパーだけだった。
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