虹物語

□第9Q「渡しません!!」
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音「はぁ…。」



外の水道で顔を洗い終えてから思わず出た鬱屈した溜め息は他の部活の喧騒に泡沫の如くあっさりと飲まれてしまった。


音『マネージャーとして,誠凛バスケ部を,日本一にしてみせます!!』


なんて宣言してカントクに入部届けが受理されたのは良いものの,まだ仕事に慣れないせいかどんくさいことばかりやってしまって今一役に立てていないように思う。


音(皆さんの役に,立ちたいのに…)


溜まった水に,自分の顔が鏡のごとく反射して見えた。自分で自分に笑ってしまうくらい,辛気くさい顔。


黒子はパス回し以外はからきしだ。でも彼は,それがチームのためだと分かっていて,それだけをしている。
まるで,自らを犠牲にするような行為だ。自ら光になろうとはせず,影として徹する黒子に,あの時から大いなる敬意を音は抱いていた。



ーーー私は光になるような才能は無かった。



それなら,私は黒子くんのような影になりたい。
何よりも濃い,誠凛と言う光を際立たせる影になりたい。



そう思って頑張ってはいるものの。




音「空回りばかりなんですよねぇ…。」


椿姫「何が空回りなの?」



音「!! 椿姫ちゃん…!」





俯いていると突如降りかかってきた冷たい声に顔を上げると音はぱちくりと目を丸くして相手の名を口にした。

絹のように陽に反射して輝く胸あたりまで伸びた麻色の髪。髪と同じ麻色の切れ長の瞳。膝より長いスカートで隠れているが細長い体躯。
じ,と音を見つめる椿姫の表情は冷たく,人によっては不機嫌に感じるもので,椿姫は近寄りがたい刃物のような美貌を纏う少女だった。要するにクールビューティーなるものである。



音と椿姫は同じ公立小学校,中学校出身で,一番付き合いが長く仲が良い友人だった。
馴れ初めは読書と言う趣味の共通から。


何時も周りに流されず,少しのことでは全く動じない大人びた椿姫の性格に。自らの容姿の端麗さには媚びるどころか,容姿を誉められることを嫌い,我が道を行く。そんなところが,何時も傍にいた音には純粋に凄いと思えた。


音は何時も周りに流されてばかりで,来るもの拒まず去るもの追わずと言う,完全で偽善なるお人好しになってしまっていた。
そしてそんな音に呆れながらもちゃんと押し付けられた仕事を手伝ってくれる優しい椿姫が大好きで。




音「驚きました。どうしていきなり?」


何の連絡もなしにいきなり来られたので,ただ驚くしかない音に,ごめんと小さく椿姫は笑って肩をすくめた。


椿姫「アポ無しで悪いね。まぁ,偶然よ。偶然通りがかったら音が見えたから。」


音「ふふ,そうですか。椿姫ちゃんは相変わらずですね。」


椿姫「相変わらずって何よ。」


音「秘密です。」




なんて談笑していると,背後から女子達の黄色い叫びが響いてきた。


「ねぇあのモデルの黄瀬くん,かっこよかったね!」

「サイン貰えて良かったー!」

「体育館に来てるとか聞いて行ってみたけど,本当にいるなんてね!!」





バタバタと目の前を通りすぎていく女子たちに音は,とうしたんですかねと首を傾げるのに対し,椿姫は凄まじく嫌悪感を露にした顔になっていた。


椿姫「…んで…。」


音「椿姫ちゃん…?顔が凄いことに…」


椿姫「何であのチャラ男が此所にいんだよクソヤロウがぁぁぁぁ!!」


音「おおお落ち着いてください椿姫ちゃん!」


椿姫「これが落ち着いてられっかぁぁあ!!あのキセキの世代だとか調子こいてる野郎,私と音の感動的な再会を邪魔しやがって…アイツ殺す…惨殺する…血祭りじゃぁぁぁあ!!」


音「!…キセキの世代…?」




椿姫の恐るべき呪詛のような叫びの中に,ふと気になる言葉があってその言葉を呟いた。

今,体育館にキセキの世代が来ている。
練習試合の相手はキセキの世代がいる高校。


これは関係しているの?


音「…!!」


考えるより先に体が体育館へと向いた。


椿姫「え,ちょ,音?!待って足速い!足死ぬ!千切れるから!引きニートにとっては酷い仕打ち!」


音「千切れたらちゃんと手当てしますから。」


椿姫「Σ冷静に返された!」







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