Love Is Moment

□勘違い
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色々とあったが、あれから私は結局仕事を続けている。

たぶんあんな風に藤ヶ谷さんに言われなかったら本当に辞めていただろう。

でも他のメンバーにいつまでも黙っているのは悪いよね…。
私は、そのうち全員に事情を説明して謝らなければいけないと心のどこかで感じていた。



そして、そんなことを考えているうちにすっかり辺りは暗くなってしまっていた。
まだ少し残っている書類に目をやり、溜め息を溢す。


「今日は残業かぁ…」

さっさと終わらせて帰ってしまおうと、てきぱき手を動かし始める。




そして、ようやく…

「やっと終わったーー!」

両手を上に上げ、思い切り伸びをする。
外はもう真っ暗だった。


「早く帰らないと…」

私は帰り支度をし、急いで正面出口のほうへ向かった。

ふと目を凝らすと、何やら人影が見える。
そして徐々に近付くにつれ、その人物の顔がはっきりと見えてきた。


「…藤ヶ谷さん!?」

はっきりと顔が見えたとき、私は思わず声をかけていた。


「どうしたんですか?こんなに遅くまで」

「どうしたって…せっかくだし送ってやろうかと思って」

「私を、ですか…?」

「おう。まさかここまで遅くなるとは思ってなかったけどな」

そう言って藤ヶ谷さんは笑った。


「ご、ごめんなさい…!ずっと待たせてしまって」

「いや、勝手に待ってただけだから」

「でも…」

「それにこんな遅くに女の子一人で帰すわけにいかないだろ?」

「藤ヶ谷さん…」

何て気遣いのできる人なんだろうと、私は心の中で少しだけ感動した。

世の中には、こんなに紳士的な人がいるんだなぁ…。



「どうした?」

「あ、いえ…」

ぼーっとしていたところ、藤ヶ谷さんに声をかけられてしまった。

「じゃあ車停めてるから、早く乗れよ」

「え…、あ、ありがとうございます…!」

そして車の側までいくと、自然に助手席に案内される。

しかし、さすがにそれは申し訳ないと、私は遠慮した。


「何で?俺の隣嫌なの?」

「ま、まさか…!だってそこはその、大切な彼女の特等席っていうか…」

「ははっ、彼女なんていないから大丈夫」

「そうなんですか…」

「つか、二人なのに隣に座らないほうがおかしいだろ?」

「た、確かに…」

藤ヶ谷さんにそう言われ、私は恐る恐る助手席に座った。


二人きりの車内。
何だか緊張する。

ふと横を見ると、当然だが運転する藤ヶ谷さんの姿がある。
何だかいつもとはまた違った雰囲気で、何故か少しだけドキドキした。



「何か俺の顔についてる?」

「え…!あ、いえ…ごめんなさい」

じっと見つめていたことがバレてしまい、私は慌てて謝った。

「ははっ、何で謝んだよ。」

「えっ、あ…すみません!いや、じゃなくて、ごめんなさい…!あれ?だからその…」

「謝りすぎだろっ」

つい恥ずかしくなって軽くパニックになる私。
しかし、藤ヶ谷さんはそんな私を軽く笑い飛ばしてくれた。



「でも、確かに見られてるとちょっと緊張するかもな」

「で、ですよね…。二人きりだと尚更緊張しますね」

「…いや、俺は名前だから緊張するんだけど」

「え…?」

「ははっ、冗談だよ」

突然そんなことを言われ、ドキドキする。
冗談だといわれホッとする一方で、何故か少しだけガッカリしている自分がいた。

何だろうこの感じ?
何だかモヤモヤする…。



そんなことを考えているうちに、いつの間にか私の家の近くまで来ていた。

「あ…!もうすぐなので、ここで降ろして頂いて大丈夫です」

「せっかくだし家の前までいくよ」

「いや、でも…」

「いいから。座っとけ」

「あ、はい…」

そう言って藤ヶ谷さんは家の前まで車を進めてくれる。



「あの、今日は本当にありがとうございました…!それじゃ…」

「あ、ちょっと待って」

「…?はい」

言われた通り黙ってそのまま座っていると、藤ヶ谷さんは突然車から降り、助手席のほうへ回ってきた。

何をしているのだろうと考えているうちに、突然助手席のドアを空けられる。

そして、目の前に差し出されたのは藤ヶ谷さんの手。

「え…!?あの…」

「ほら、ここに手置いて?」

「あ、はい…」

言われるがままに藤ヶ谷さんの手に自分の手を重ね、ゆっくりと車内から降りる。

何かすごく女の子扱いされてる…。
こんな扱いを受けるのは初めてで、そんなことをさらっとやってのける藤ヶ谷さんに、思わず感動する。


「あ、ありがとうございます…。本当に何から何まで…」

「こんなの大したことじゃねーよ。」

「いえ、本当に感謝してます!」

「何か堅苦しいな、それ」

そう言って笑いを溢す藤ヶ谷さん。


「どうせならもっとこう…可愛いお礼が欲しいかな」

「可愛いお礼…?」

「例えば、キスとか…?」

「…え!?」

まさかそんなことを言われると思っていなかった私は、思わず大きな声を出してしまった。



「そんなに驚くか?」

「驚きますよ!急に変なこと言うから…」

「え?してくれないの?」

「…え!?冗談ですよね……?」

「俺は本気だけど」

「……。」

何故か私の目を真っ直ぐに見つめてくる藤ヶ谷さん。
その目はいつになく真剣で、反らすことができない。



「で、してくれないの?」

「え、えっと…」

「じゃあ目瞑ればいい?」

「いやっ、あの…」

私が次の言葉を言い終えないうちに藤ヶ谷さんはそっと目を閉じた。



「ほら、早く」

「いや、でも」

「それとも俺からすればいい?」

「けっ、結構です!」

「ははっ、そんなに全力で否定しなくても」

藤ヶ谷さんは目を瞑りながら笑った。


普段見たことはない無防備な姿にとてもドキドキする。
奥二重なんだなぁとか、睫毛長いなぁとか、
目を瞑っていることを良いことにじっと観察する。



「なぁ早くー」

「…!!あ、はいっ…!」

ぼーっとその美しい顔を眺めていると、突然声が発せられた。

本当に本当に、キス…すればいいのかな?

こんな状況なのに今さらそんなこと聞けなくて、ずっと目を瞑って待っている彼の顔を見つめ、覚悟を決める。


「…あの、」

「ん?」

「少ししゃがんでもらってもいいですか?」

「あぁ、分かった」

高さが合ったところで、そっと彼の肩に手を置く。
キスの一歩手前。

徐々に顔を近付け、真っ直ぐに藤ヶ谷さんの顔を見つめる。

そして、ゆっくりとゆっくりと唇を重ねた。

伝わってくる柔らかい感触。
すごくドキドキする…。



そしてそっと唇を離すと、目の前には目を大きく見開いた藤ヶ谷さんの顔。

「……え?今、した…?」

「…はい」

「いや……えっ、マジか…っ」

自分から言ってきたくせに、何故か顔を真っ赤に染める藤ヶ谷さん。


「で、では私はこれで…。あの、本当にありがとうございました…っ」

「え!?あ、ちょっ…」

私はぺこっと一礼し、若干逃げるように家の中へ入っていった。





そして、外には一人呆然と佇む藤ヶ谷の姿が。





「俺、頬っぺにって意味だったんだけど……」


「口に、したよな…?名前のやつ」


「……やっべえ」

唇に触れた柔らかい感触。
一瞬の出来事であったものの、決して忘れられない…。




そして、何度も何度もその感触を思い出しながら一人悶々とした夜を過ごす藤ヶ谷だった。





End.
 

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