□手向けの花の代わりに
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その日、私は交代制の国境警備に当たっていた。
何の変哲も無い日常の一遍。
いつも通りの一日。
辺境と言われるその場所で、右にも左にも広がる砂原を見渡していると、遠くの空から緊急呼び出し用のカラクリ文鳥が飛んできた。
手を翳し、降り立ったカラクリ文鳥の足に結ばれた書留を外していると、後ろから追って、交代要員とみられる中忍も砂丘から姿を現した。

「テマリ様!至急里へお戻りになるようにと、風影様からの言伝です!」

一体なんだというのだろう。
度々、くだらない事で呼び付けてくるカンクロウならいざ知らず、我愛羅が私を急ぎ呼び戻すなんて余程の事なのだろう。
言われるがまま風を飛ばし、里へ急いだ。

砂隠れの里を取り囲む高い土壁をくぐり、早足で人の流れを駆け抜ける。
人の往来は普段と変わりなく、とりあえず里に直接関わる急事ではなさそうだと少しばかり安堵しながら、私の姿に気が付いた砂の民や、他の忍び達の

「テマリ様」
「姫様」

と、手を振り呼ぶ声を、背に流した。

そうして疾風のごとく風影執務室の前に着くと、今日休みの筈のカンクロウが落ち着きなく行ったり来たりを繰り返していた。

「カンクロウ!お前、こんな所で何をやってるんだ」
「テマリ…っ」

私の姿を見るや、カンクロウはみるみる表情を変え、怯えた様な、困惑した様な何とも言えない目で私をじっと見てきた。
何か言いかけては、言葉にすることなく飲みこむ。
心なしか青ざめても見えた。
今思えば、この後に控える報せを知っての、憐れみの目だったのかもしれない。

カンクロウに押しやられるように風影執務室の扉を開くと、そこには、一通の黒い縁取りのある書簡を持った我愛羅が立っていた。
書簡の表には『訃』の一文字が書かれ、中を見なくてもそれが誰かの死の報せだということはすぐに理解できた。
けれど訃報専用の書式は各国共通ため、外見だけ見ても我愛羅が手に持つそれが、何処の里の訃報なのかは分からない。

分からないはずなのに、なぜだろう。
私は、ここへ呼ばれた理由を知っていた気がする。


「テマリ。奈良シカマルが殉職したそうだ」

我愛羅の唇が、私の思っていた通りの名前の形に動いた。
私の前に差し出しされた書簡には確かに、木の葉の印と、見慣れた名前が書かれていた。


『訃報 
木の葉隠れの里 火影付き参謀 上忍 奈良シカマル 享年……』


受け取るでもなく視線だけ紙面に動かすと、宙ぶらりんになっていた答えが、胸に降りてくる感じがした。
三年前まで付き合っていたかつての恋人だと言うのに、不思議な程、心は凪いでいた。

「そうか。アイツが…」

それはまるで、ただの顔見知り程度の人間の死を知らされた時のような、遠くの現実を語る口ぶりで。
非情なまでに落ち着き払っていたのは、私が別れを告げた側だったからかもしれない。

「葬儀は明後日だそうだが、今から飛ばせば何とか間に合うだろう。後のことは俺達に任せて、お前は今すぐここを発つ用意を――」
「何故?」
「何故ってお前!」

考えるより先に口を出た言葉に、カンクロウは戸惑いを隠さずに返してきたけれど、私にはそれが酷く腹立たしいものに思えた。

「この仕事をやっていれば、死は付きものだ。アイツも上忍班長として参謀役まで出世したそうだが、だからと言って何故始めから私が葬儀に参列すると決まってるんだ?里を代表して行くなら、別にカンクロウだって、他の者だって、故人の立場と相応であれば、誰が木の葉に行ってもいいはずだろ?」
「奈良は、ただの他里の忍びって関係だけじゃないだろ!!」
「里を跨いだ関係に、私情を持ちこむなと言ってるんだ」

かつて他里の男と、公に出来ない関係を持っていた私自身が聞いて呆れる。
こんなの、ただのへ理屈じゃないか。
すると我愛羅が静かに口を開いた。

「本当にそう思っているのか?」
「…っ」

ハッとして振りかえると、明け方の空をはめ込んだ色の瞳で、我愛羅が私の心を覗きこんでいた。
真っ直ぐ私を見据える目が、私の言い逃れを許さないとでも言う様で。
その目に、似ても似つかないあの男の面影が重なり、私は言葉を無くした。

「お前達の間に何があったか、俺は詳しくは知らない。けれどこれが、本当に最期なんだぞ。分かってるのか?奈良は死んだんだ。この先会うことはおろか、もう顔を見る事も出来ない。それでもお前は本当にいいのか?」

風影としてではなく、私の弟として諭すように言い含められて、頑なにシカマルを心から閉め出していた私は、もうどうしたらいいのか分からなくなっていた。
けれど、ここで崩れてしまっては、何のために別れを告げたのか。
アイツを拒み続けて来た年月が無駄になってしまう。

「それでも私は行けない」
「ダメだ。今行かなければ、きっとお前は後悔する」
「なぜそんな事分かる!!」
「分かるさ。俺の姉様だもの」
「――っ…」

そんなセリフは反則だ。

後悔を抱く感情さえ、とうの昔に捨てた。
思い出も何もかも、拾い上げる事が出来ない場所に捨てたんだ。
アイツを捨てた私には、昔を思い出す資格も、会う資格も無いから。

それなのに、頼んでもいないのに頭の中に、三年前のシカマルと私のやりとりが駆け巡り、私から言葉を根こそぎ奪っていく。

――あんたが何と言おうと、俺は絶対に別れねえ。

そう言われたのは、木の葉の宿だった。
突然の別れ話に静かな怒りを含みながら、シカマルは私を引き留めた。
その糸を断ち切る様に、三年間一度も会うことはなかった男。

「会いに行けよ。テマリ」
「お前がそこまで拒む気持ちを、俺はどうする事も出来ない。一度決めたら頑として動かないお前のことだ。これ以上何を言ってもダメだろう。ならばせめて、俺の顔を立てると思って、花を添えてきてくれ。立場上、安易に里を離れる事が出来ない俺の名代として」

木の葉に行かなければいけない事は変わらないのに、風影からの直命という表立った名目がついたことで、私はどこかほっとする自分に気が付いた。
これは任務なのだと、自分に言い訳が出来る。
この期に及んで、なんて酷い女なんだろう…。

「分かったよ…」

私は静かに名代としての書状を受け取った。
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