絵のない絵本

□…病の沼…
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俺が、アイツを見つけたのは本当に偶然だった。それは運命で、必然だったのかもしれないけれど。


辺りが暗くなり始めた頃、一人の少年が、ものすごい勢いで森を駆け抜けていた。
その姿はまるで夜が近づいたことを悟って動き始めた、夜叉のようであった。
とても長い黒髪を可憐に舞い躍らせながら、両手両足を無駄なく動かして森を突き進む

勇ましい姿だが、防具や、着物には血が付着していた。


少年の後ろから複数の矢が一気に飛んできた。
いち早く気づいた少年は身を返して避ける。
一本が少年の背中に刺さり、その衝撃で少年は草むらに落ちた。
しかし、ただの草むらだったハズのその場所に地面はなく、少年は真っ逆さまに落下していった。

それから半刻ほどたって、少年は唸り声をあげながら目をゆっくりとあけた。
そこは、草むらではなく、森にぽっかりと出来た穴だった。
木々に囲まれて、広いホールのようになっていた。
夕日が木々の間から細い線となって入っていた。


「……お体の具合はどうですか?」


とても穏やかで優しく、高く澄んだ声が響く。
少年は思わず警戒してバッと跳ね起きると、腰にあった刀を瞬時に抜いて相手の方へ向けた。
そこにいたのは、少年よりも年上に見えるボロボロの紅い着物を着た少女だった。容姿はとても汚いが、顔はとても大人びていて見惚れるほどの美人だった。

「落ちてきたのですよ、貴方は…。」

相手が刀を向けていることにも動じることなく、美しい少女は天を指差して微笑む。
その仕草に、少女の長い髪がつられるようにサラサラと流れた。
夕日が綺麗に彼女を惹き立たせていた。


少年はただただ見惚れるだけだった。刀を握る手に力が入らなくなって、腕をダランと落とす。
そのまま、崩れるように座り込んでしまった。疲労がたまっていたのだった。

少女は慌てて駆け寄ると、少年の背中を支えた。
その時に少年は気づいた。少女からかすかに桃の花の匂いがしたことを。
不思議と安らぐ香りに、少年はそのまま意識を手放した。
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