絵のない絵本
□…75回ここへ戻って来た男…
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「いらっしゃいませー。」
本当に無機質な言葉だ。
本来の意味を考えれば、信じられないくらいに。
言葉というのは、時に厄介だ。
使う人間によって意味も変わる、使う場面によって意味も変わる……。
彼女はそんな言葉を捨ててしまった。
だって面倒だから。
だから、無機質で無意味な言葉を選んだ。
「ねぇお姉さん今日ヒマ?」
「……仕事ですので。」
本当に不思議なものだ。
どんなことがあっても、言葉を捨ててしまえば乗り越えられる気がした。
言霊を信じるような性ではないが、どうしても信じずにはいられないのかもしれない。
彼女は、とても古ぼけた駄菓子屋でいつもちょこんと存在している。
こんな片田舎にも、いや、田舎だからこそ子供たちや不良たちでにぎわう。
手ごろな値段で、手ごろな場所で、手ごろな人間。
適材適所とでも言おうか。
「ちょっと遊ぼうよ。」
「嫌です。帰ってください。」
決して言葉に感情が表れない。否、表すことが出来ないのだ。
言葉を捨てたから。
この会話は何回目だろうか。
目の前の彼に会うのは何回目だろうか。
彼は毎日ココ来る。
そしていつも不思議と同じ言葉をかけてくる。
言葉に感情はこもっている。
それも、いつも同じように。