main

□憎みきれないろくでなし
1ページ/1ページ


 夜は嫌いだ。でも、少しだけ好きだ。
会いたい人に会えるから。
朝になって、別れるとしても。
ただその時間をともにできるなら。
それだけでいい。
そう、思っていたのに。
いつから変わってしまったのだろう。

「高杉さん、今日はいないか」
溜め息で吐き出された言葉は、明らかに落胆の色がにじんでいた。
約束をしたことはない。示し合わせたように、いつもの場所で会えていたので。
新八の想い人は、ある意味有名人だ。
国家権力に追われ、宇宙海賊と渡り合い、破壊者の名をほしいままにしている。
なので、昼間に街中を出歩くことはほぼない。
夜半過ぎ、人目を避けて薄い暗がりに眼光の鋭さだけを頼る。

来るかもしれないと、少し待ってみようかとも思ったが気まぐれな男の酔狂に付き合うほど、自分も呆けてはいないつもりの新八だ。
新八はそう思いたかった。
帰れば良い、来るべきではなかった。待つ必要もない。
否の理由は、水泡のように浮かんでは消える。
立ち去ろうと思うのに、足が動かない。
来るかもしれない------。
そんな願いは持つべきではないのだ。
分かっている。だのに。
用意された答えに、それでもいくばくかの期待はしていたのだ。
「高杉のバーカ」
なので文句の一つも出るのはある意味仕方のないことだ。
それなのに。聞かれるはずもない憎まれ口を不意に塞がれた。
羽交い絞めにされ、緩く呼吸を絶たれる。
「俺に馬鹿たァ、てめェも偉くなったもんだなァ」
どす黒い声が、背後から耳元に滑りこむ。
背筋を鋭利な刃物で撫でるような悪寒と死にめいた歓喜。
「太陽の下を堂々と歩けるだけ、あんたよりマシだと思いますけど」
「口のへらねェガキだ」
するり、と。首から手を離す。
「んむ…っ」
黙れといわんばかりに、半開きの口に指を突っ込まれた。舌を嬲る、不埒な指に知らず新八の腰は揺れる。

新八の中で、高杉は夜の男だ。どんな行為に及ぼうが、それが夜の出来事なれば大体のことは許容できる。それがどんな背徳的で、暴力じみた行為でも。
素質があると、高杉に言われたことがある。
否定しようとしたが、そのとき新八は良いように犯されていたので、反論はできなかった。
今も、そうだ。
濡れた口の中を好きにいじられるのは、後ろも前も塞がれてるのに似ていて、新八にはとても辛い。
「んっ……。んァ、ふ」
口の中で好き勝手に暴れる指は、口淫を連想させ余計に身体の熱をあおる。
「てめーは口ん中も感じ易いんだったな」
違うとは言えないが、素直に肯くのもしゃくだったので、反抗のつもりで高杉の指に軽く歯を立てた。それは、かみつくというには程遠く甘噛みに近いものだった。故に、高杉には反抗の意志は通じず、逆に火に油を注ぐ結果となった。
「ろくでもねェガキだな。簡単に大人をあおりやがる」
指を引き抜き、新八の軽い身体を反転させる。新八から唾液が糸を引き、指を惜しむように舌がそれを追いかける。すかさず、その舌に高杉の舌が絡まり、そのまま自分の中に巻き込んで、吸う。
「……んァ…ッ、 ハ…ッン」
隙間からもれる声は、甘く空気を震わせる。
高杉の袖を握っていた指を解き、ゆるゆると男の首に手を回す。
普段、自分からねだる仕種をしない新八のその行為に、高杉は瞠目した。
一瞬戸惑った隙を狙って、口の中をしつこくねぶる高杉から唇を離しざま、新八はささやいた。
「あんたの方がろくでなし……でしょ」
そして、今度は自分から舌を伸ばして再び高杉の唇に吸いついた。

 薄い暗がりで妖しげな水音だけが響き渡る。
この先を望むなら、いつまでもここにいるべきではない。二人の道が決して交わらないのなら、ここはお互いにいるべき場所ではない。

 そんなことは、誰よりも理解している。

 離れたくないわけでも、離れられないわけでもない。ここにいるべきではないからこそ、踏み止まり続ける。
この矛盾の中にこそ、二人でいることの意味があるのかもしれない。


 新八はそんな難しいことはわからない。
 高杉はそんな下らないことは考えない。


 身体の中心に熱をこもらせたまま、新八はただねだるように高杉の唇を吸う。
そして、高杉もまた。
新八を引き裂きたい衝動に駆られながら、ただ、唇を貪っている。


 夜が明けるまでは、まだこのままでいようと、二人は思った。


end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ