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□CANDY
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 土方はヘビースモーカーだ。寧ろ、チェーンスモーカーといっても良い。
巡回の時だろうが、食事の時だろうが、入浴の時だろうが。煙草が口から離れることは稀だろう。
なので、隊服といわず、髪や指の先まで煙草の匂いがしみこんでいる。
恋人と抱き合えば、匂いは移るし、キスをすると“苦い”と、眉をひそめられる。
事あるごとに、やめてとは言われないが、本数を減らしてほしいと、暗に請われる。
その度にのらくらと、話をごまかしてはきたが、今日はなにやら雲行きが若干怪しい。


 新八に対する周囲の認識は、地味で眼鏡の突っ込みというのが最たるものだ。
誰に対しても真面目で正当であろうとする、その姿勢は見上げたものだが……。
最近は恋人に対して、あたりが厳しいものがある。
理由は簡単だ。何より、姉の妙に釘を刺されたのだ。
「新ちゃん、あなた。煙草なんか吸ってないわよね」
「……吸ってませんよ」
「なら、いいけど。最近あなた、やたら煙草の匂いがするのよ?」
「…………」
「あなた、まさかあの……」
「あぁぁ、あねうえ。僕、遅刻するんでもう行きますね」
白々しく言葉を遮って胡乱気な姉の目を避けるように部屋を出た。


 爽やかに晴れ渡った空の下、すんと。空気の匂いを嗅いでみる。生活や、季節の匂いに混じって、嗅ぎなれた煙の匂いが漂ってくる。
視線を向けると、見慣れた黒の隊服が門にもたれて、飽きもせず煙草をふかしている。
その姿を見つめて、軽い溜め息をつきつついそいそと彼の元に、新八は駆け寄った。
「土方さん、何してるんですか」
「……近藤さん、来てねえかと思って…」
「来る時間じゃないでしょ?」
「…そういえば、そうか……」
どうにも歯切れが悪い。もともと口数の少ない上に、口下手と来るものだから、戸惑うことは最初のころは往々にしてあった。
言いたいことの半分も、恐らくは口に出してはいないのだろうが、表情が意外に変わりやすく、新八には割りに土方の意図を読みやすかった。
とはいえ、些細な変化に過ぎないので、恋人ゆえの直感とでも言えるのだろう。
「僕、仕事に行きますけど」
「送る」
簡潔な言葉のやり取り。ぶっきらぼうな優しさを感じ得ないではないが、夜道の女の子の一人歩きでもあるまいにと、新八は思う。
何かしらこじつけては、土方は新八とよく連れ立って歩く。それこそ、昼間の買出しの時や、巡回にかこつけては、だ。新撰組、鬼の副長がいったい何をやっているんだか。再度、何をやっているんだかと新八は思う。けれども、まとまった時間をとるのが難しい土方の苦肉の策であろうことが分かるので、新八はあえて何も言わず土方と一緒に歩く。
特に何を話すでもなく、万事屋までの道すがら、土方は歩き煙草ですでに3本目に火をつけていた。
「たばこ、本数増えてませんか」
肺まで吸った煙をうまそうに吐き出し、土方は新八をチラリと横目で見やる。
「そうか?あんまり、変わんねえと思うが」
「増えてますよ。前はそうではなかったけど、最近吸ってなくても、土方さんが近くにいたら分かりますもん」
新八にしてみれば、普通の苦情だったのだが捕らえ方によっては、熱烈な告白でもある。
「ヘェ、新八は俺のこと匂いでわかるのか」
「そりゃわかりますよ……」
土方の脳は、ここで言葉を遮った。都合の良いように新八の言葉を曲解し、あまつさえあらぬ感情を捏造した。
即ち。手首をひっつかみ、人通りのない路地に新八を連れ込み強引に唇を塞いだ。
らしからぬ行動に、一瞬、新八の対応が遅れる。
「ちょっ……っひっ…んーーッ」
隊服にしみついた煙草の香りにクラリと、目眩がする。任務に忙殺される恋人との逢瀬はいつも忙しない。
キスをされると、新八のスイッチも切り替わってしまうのだが…。
それを分かった上での、大人のずるい行動だ。
だが、今日はそうもいかない。
妙の言葉が反芻され、一瞬で現実に引き戻される。
「んーーーッ…はっ…なしっ…ッ」
どんと、なけなしの力で土方を突き飛ばす。かろうじて、唇を離した恋人に、それでもまだ抱きこまれたまま間近で見つめ合う。
眼の奥に微かな欲を見るにつけ、流されそうになる新八だったが、今日はそうも行かないと。心を鬼にした。
「今日は、ダメ……です」
「……車と男は急に止まれねェって、言うだろ?」
言うなり、袴の上からまだ柔らかいままの股間をやわやわともみしだいた。
「ちょっ……ッやっーー。あっ…ンーーーやぁ……」
匂いと手管とに、身体が慣れた反応を返す。新八とて、土方と抱き合いたくない訳ではないのだ。寧ろ、若い性はより深く、熱く求める。恋情と比例するように。
でも、今日は本当にダメなのだ。
「あ…ァ…。あねっ…う……。ン、ふぁーーっーーーッ姉上にばれちゃうッ」
上擦った声で、なるべくトーンを落として。けれど、一発で土方の行為を止まらせる言葉。
彼の脳裏に何がよぎったかは定かではないが、恐らく己の上司の日課−ストーカーの末にブッ飛ばされる−の光景が蘇ったのは想像に難くない。
「何で、急に……」
手は止めたが、スキあらば行為を再開してやろうと新八を、腕に抱いたまま耳元で低く囁く。
「〜〜ッ。ぼくから、煙草の匂いがするって……言われたんですッ」
肩口に額をつけて、抗議する。半分、泣きそうになっているのは、感情が高ぶっているからだと自分に言い聞かせて良い募った。
「そうじゃなくても、土方さん。危険な仕事してるのに。これ以上、命削るような真似しないでください。別に、煙草やめろって言ってる訳じゃないんだし。せめて、減らしてくださいって前から言ってるじゃないですかっ。でなきゃ、僕に触らないでくださいッ」
勢いのまま、口をついて出てしまった言葉は今更取り消せない。
触ってほしくないわけではない。むしろ、もっとべたべたしたって構わないとさえ、新八は心の中で思っている。ただ、土方の任務の性質上、あまり大っぴらにそういう行為はしにくいだろうと思って、極力控えめにしているだけの話だ。触られると、その先を欲しがってしまう自分がいるのを新八は充分に自覚していた。それは土方も同じだと思ったうえでの、お触り禁止令だったのだが−−。
「触らなきゃ、いいんだな」
「へ?」
顔をあげた新八の目に、人の悪い笑みをのせた土方の顔が映った瞬間。ちゅ、と。軽いリップ音をたてて、キスをされた。
「〜〜〜っ!!キスもだめですっっっ!!!」
顔を真っ赤にして、ぽかぽかと胸をたたく新八を見つめながら、土方は思った。
自分の煙草の本数が減るのが早いか、
お互いに触れられないもどかしさに、耐えられなくなるのが早いか。


 そんなことは火を見るよりも明らかだったが。新八の希望には一応、沿ってみようと思う土方であった。



 ただし、お互いが愛しい恋人を前に
  どれぐらい、禁欲生活を送れるのかは


  若干の見物ではある。

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