【book1】

□おとなたちの出発3
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「けっ。すぐ泣く」







涙目になったりうを見て海司がののしる。



同い年だけれども、海司のほうは背も高く、
まだ小学一年生だというのにもう9の段まで九九を覚えてしまっている。





「・・・なによ、バカ海司」

「はぁ!?バカはおめーだろ!どーせまだ夏休みの宿題終わってないくせに」


「!」



「あら、海司くんもう宿題終わってるの?すごいわねぇ!
よかったらりうにお勉強教えてあげてね」


「まぁ別にいいですけど・・・」


「べつに教えてもらわなくてもできるもん!
おかあさんのばか!」


「ははは」






二人はいつもこうしてけんかしているので、大人たちのほうは微笑ましく見守っている。
しかしりうからしたらいつもやりこめられているのだから、
今回のお泊りのうち、いったい何回悔しい思いをしなくてはならないのか、憂鬱でしかたがないのだった。








ガチャ!








「あれっ!?りうちゃん?稲嶺のおじさんとおばさんも!」




いきおいよく、三男がドアから顔をだした。



「もう!そら!今日からりうちゃん来るって言っといたでしょう」


「げっ!今日だったっけ・・・忘れてた!
りうちゃんいらっしゃ〜い☆おじさんとおばさんもこんちは!」




後ろからわいわいと声が聞こえている。どうやら友達を家に連れて帰ってきたらしい。


「みんなごめん!さきに部屋いっててくれる?」






部活で学校に行っていたのか、上下とも制服を着ている。





そらは今年中学にあがったばかり。


制服はこれから身長が伸びることを見越してか大きめにつくってあるようで、
靴を脱いでスリッパをはくと少し床についてしまっている。





「こんにちは。そらくん、暑いのに元気だね」


「そりゃあもう!夏休みだも〜ん☆
母さん今日からだっけ?海外行くの」

「そうよ。もう、いないからって好き勝手するんじゃないわよ?
りうちゃんと海司と瑞貴のお世話よろしくね」



「はいは〜い・・・」



いかにもチェッ、といった様子でそらが返事をする。

しかしながら先に部屋にあげた友人達が気になるのだろう。
そわそわと時計をみてはため息をこぼしていた。
  













「ただいま」

「あ、昴兄帰ってきた!」





そらが嬉しそうに声を上げる。
じゃあ俺は部屋に行ってるね、と言い残して二階へ駆け上がっていった。




「おじさん、おばさん、こんにちは。」

「こんにちは、昴くん。また背のびた?」





昴も学校へ行っていたのか、下だけ制服だ。
色は紺色で、そらとおなじく名門私立の校章が両方の後ろポケットについている。

中学二年生にしては身長も高く、おそらくクラス内でもかなり大人っぽいほうだろう。
すでに声変わりしていた。





「昴、今日からりうちゃんが・・・」

「一週間うちに泊まるんだろ?覚えてるよ。
それより母さん、外で車待ってるけどまだ行かなくていいの?」




外を見ると先ほどガレージに収まっていた黒ぴかの車がエンジンを吹かせていて、
この炎天下の中、白い手袋をつけたスーツの人が汗だくで車の横に立っている。



「義姉さん、そろそろ行きましょうか。飛行機の時間もあるし。」

「そうね。じゃあみんな、お母さんたち行ってくるから。あとよろしくね。
何かあったら家政婦センターか秘書の田中さんに連絡して・・・。」



母がが外に出ながら、りうに最後の声をかける。




「りう、じゃあね。お兄ちゃん達のいうこときくのよ。」


「おかあさん・・」




りうは、母の腕にぎゅっと縋り付く。

















・・・どうしてだろう。







おいて行かれる理由は理解している。
この家に泊まるのだって初めてではない。




なのに今日は、すごく不安でたまらない。

































行ってほしくない。



















泣いてわめいたら、もしかしたら父は残ってくれるかもしれない。

でも親戚の家で、みんなのまえで、そんな行動は起こせない・・・







「おとうさん・・」


「ん?大丈夫だよりう。すぐ帰ってくるから。」



かすれる声で自分を呼ぶ娘を、父がいつものように両手でつつみこみ、やわらかくなでる。

それがきっかけとなってまた顔の中心に熱が集まりだしてしまった。








「荷物はこれだけよね。
昴くん、りうのことよろしくね。」


両親と、叔母が車に乗り込んだ。


砂利のうえをゆっくりと動く中、三人が車内から笑顔で手を振っている。






「おかーさん・・・」




りうの横で涙声でつぶやく瑞貴を、昴が抱き上げる。



りうはたまらず門を出て、外まで車を見送った。








夏空に太陽が照り輝き、じりじりと肌を焼き付ける。










「・・・りう、そろそろ中に入れ。熱射病になるぞ。」


昴に言われて、やっと、家に足を向ける。




























心臓がなぜかバクバクと音を立てていた。



















・・・to be continue・・・

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